3「青髪の女性」
「何をしているの」
女性の声は、ひどく冷たかった。
「な、何よ。私たちは別に……」
先ほどまで威勢よく笑っていたツインテールの少女が、言い訳を始めた。だが、彼女の言葉は途中で途切れる。女の顔を見た瞬間、その表情が凍りついたのだ。
「……ま、まさか。クレア……ランドルフ?」
その名前を聞いた途端、残りの女子生徒たちも顔色を変えた。まるで、目の前に死神でも現れたかのように。
「く、クレアって……あの、クレア⁉」
ツインテール女が後ずさる。足がもつれ、尻餅をついた。別の一人は逃げようとしたものの、膝が震えて立ち上がれない。他の仲間たちも、もはや平静を保ってはいられなかった。
「い、いやあああっ‼」
悲鳴を上げ、彼女たちは我先にと路地裏から逃げ出していった。つい先ほどまで、俺をいたぶっていた連中とは思えない逃げっぷりだった。
「……え?」
俺は呆然と、その背中を見送った。何が起きたのか、まるで理解できない。青髪の女性は、何もしていない。ただ、そこに立っていただけだ。にも関わらず、あいつらはまるで化け物にでも遭遇したかのように逃げていった。
少女たちが立ち去った後、青髪の女性はこちらに歩み寄って来る。そして、手を差し伸べてきた。
「立てる?」
「あ、ああ……。多分」
手を握り返し、足に力を入れる。だが、激痛が足筋を襲ってきた。
「ぐっ……!」
立ち上がれない。想像以上に、ダメージを負っていたらしい。もたつく俺の様子を見て、彼女は少しため息をつくと。
「仕方ないわね」
ローブの内ポケットから、何かを取り出す。緑色の、見るからに毒々しい液体が入った小瓶だ。見た瞬間、ぎょっと目を見張る。
彼女は瓶の蓋を開け、あろうことか俺の体にそれを垂らしてきた。しかも、傷口に。
「ちょ、何を……っ⁉」
「いいから、じっとしてなさい」
数秒後、その傷口から流血が止まった。同時に、痛みも引いていく。
「これは……」
「治療用の魔法薬よ。もう痛くないでしょ」
その他の傷口にも、彼女は液体を垂らす。全ての傷口にかけ終わる頃には、瓶の中身は空っぽになっていた。
「もう動けるはずよ。それじゃあ、行くわね。お大事に」
治療が終わると、彼女はそそくさとその場を立ち去ろうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください‼」
思わず、俺は彼女を引き留める。命を助けてもらったのに、お礼の一つも言っていない。せめて、何かお礼をしなければ。
「どうしたの?」
「あの、助けていただいてありがとうございました。これ、お礼です」
先程、少女たちが放り投げた日本円。それらを拾い、青髪の女性に手渡した。この世界じゃ役に立たないが、何も渡さないよりましだろう。
「これは……ウルファエラのお金じゃないわね。あなた、どこの国から来たの?」
日本円を見た彼女は、怪訝そうに尋ねた。当然の問いだが、どう答えればよいのやら。日本と言っても、分からないだろう。
「えーっと……東の果ての島国です」
適当に、そう答えてみた。すると、余計に彼女は疑わしい目でこちらを見つめてきた。
「東の果てに島国なんてないはずだけど」
しまった。下手に嘘なんてつくんじゃなかった。
「……もしかして、密入国したの?」
「え? いや、そんな物騒なことはしてませんよ」
密入国というか、勝手に召喚されたのだ。俺の意志ではない。
「あのね。この王都で密入国がバレたりなんかしたら、捕まるどころじゃ済まないわよ」
またもや物騒な話題が出てきた。だが、話の先が気になる。
「捕まるどころじゃないって、具体的には?」
「魔術死刑にされるの。そして、何もかも失うことになる」
「……魔術死刑?」
聞き馴染みのない単語が出てきた。ネーミング的に嫌な感じしかしないが。
「知らないのなら、教えてあげる。——こんな風にされるの」
すると、彼女は羽織っていたローブを脱ぎ始めた。当然ながら、下に別の服は着ていたのだが……注目すべきはそこではない。
「ひっ……⁉」
彼女の、右半身。そこに、あるべきはずのものが無かった。
「う……腕が……」
そう。右腕が無かったのだ。綺麗さっぱりに。




