2「不良少女たち」
統一感のある服装からして、どこかの学校の生徒みたいだ。髪型や顔立ちは各々違うが、際立っているのは赤みがかった髪をツインテールにした少女。彼女たちは、俺をじっと見ている。
「ちょっと、こっち来てよ」
手招きしながら、ツインテールの少女がそう言った。他の少女たちは、くすくすと笑っている。どこか、嫌な感じの笑い方だ。
「えーっと……何の用かな?」
「いいからこっちに来て」
ついて行っては、絶対に行けない気がする。トラブルに巻き込まれるのは御免だ。
「ちょっと、急いでるんで。それじゃ」
その場から立ち去ろうとしたが、全員に取り囲まれてしまった。逃げ道が塞がれる。
「逃げる気?」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ、財布出してよ」
カツアゲかよ。事態を理解した俺は、すぐに財布を取り出した。金で解決できるなら、それでいい。財布を開け、中に入っていた紙幣を手渡す。しかし、少女たちは怪訝そうな顔をした。
「何、それ?」
「え、金だけど……」
「どこの国の金よ。こんなの、ウルファエラじゃ使えないわ」
しまった、日本円だった。渡した紙幣が、床に放り投げられる。
「あの……悪い。こっちの金は持ってないんだ」
「別にいいよ」
「え?」
「——お金なんて、いらないから」
次の瞬間、背中に強い衝撃を受け、身体が前へよろめく。振り返ったが、誰も俺に触れていない。
「な、何だ……?」
今度は肩に衝撃が走った。
「痛っ!」
思わず肩を押さえる。殴られたような痛みだった。だが、やはり誰も近づいていない。
「お前ら……何かしただろ!」
俺が叫ぶと、少女たちは笑みを浮かべた。くすくすと、こちらを小馬鹿にするように。
「さあ、知らないけど?」
「とぼけるんじゃ……」
言い切る前に、またもや衝撃を感じた。今度は、腹部に。
「ぐっ!」
痛みに耐えきれず、その場に膝をついた。見えない誰かに殴られているみたいだ。
「この……!」
反撃しようと立ち上がり、目の前の少女に向かって手を伸ばす。勢いのまま、腕をつかんだ。見た目通りの、華奢な腕だ。これならいける。この腕を、へし折ってやる。そのまま、少女を引き寄せようとした。
ところが——。
「うわっ!」
突如、身体が後ろへ吹き飛んだ。背中から壁に叩きつけられる。
「がっ……!」
激痛に気を失いかけるが、どうにか耐え切る。だが、立ち上がる気力はもうない。
「……今の、は」
答えは返ってこない。少女たちは、へらへらと薄気味悪い笑みを浮かべるだけだ。そして、赤みがかった髪の少女が手をこちらへ向けた。
すると——。
「っ!」
また、何かが飛んできた。咄嗟に腕で顔をかばう。衝撃が容赦なく腕を打ち、赤く腫れあがった。
「ぐ……」
ようやく理解した。こいつらは、何かを飛ばしている。だが、その「何か」が見えない。
「……まさか」
頭の中に、ある言葉がよぎる。
『魔法』
ここが異世界なら、存在していてもおかしくはない。だったら、これも——。
「魔法……なのか?」
「今頃? 気づくの遅すぎ」
やっぱりそうだ。こいつらは、魔法を使える。だから、ここまで余裕が持てるのだ。
腕力なら、こいつらには勝てる。体格的にも、俺の方が大きい。まともに戦えば、負けるはずがない。だが、近づく前に魔法で吹き飛ばされる。腕力も、体格も、何の役にも立たないのだ。
「ほら、立ちなよ。まだ始まったばっかりなんだから」
「……何で、こんなことを」
尋ねると、少女は怪訝そうな顔をした。
「何でって?」
髪をかきあげながら、少女は笑った。
「学校って、疲れるんだよね。礼儀作法だの、勉強だの、魔法だの。毎日毎日、ちゃんとしてろって言われるし」
彼女は思い切り足を振り上げ、そして。
「だから、こういうことして遊ぶの」
俺の腹部めがけて、思い切り振り下ろした。
「ぐっ……!」
鈍い衝撃が腹に叩き込まれ、息が詰まる。腹を押さえながら、必死に呼吸を整えようとするが、痛みのせいでまともに息ができない。
「ほら、どうしたの? 立ちなよ」
何とか身体を起こそうとする。しかし、手に力が入らない。膝をついたまま顔を上げると、少女たちが楽しそうに笑っていた。
「もう一回やろうよ」
「次はどこにする?」
「顔とかいいんじゃない?」
彼女らの言葉に、戦慄が走る。これ以上やられたら、本当に死ぬ。
「誰か……! 誰か助けてくれ!」
懇願するように、声を荒げる。しかし、人が来る様子はない。通りには大勢の人がいるので、聞こえているはずだ。
「誰も来ないでしょ? みんな、面倒なことに関わりたくないのよ」
触らぬ神に祟りなし。それは異世界でも共通らしい。すると、ツインテールの少女は俺の頬を触りながら、耳元でこう言った。
「ふふ、安心して。殺しはしないから」
「え……」
「半殺しで済ませてあげる」
そして、少女たちのリンチが再び始まる。集団で、身動きの取れない俺の身体を、何度も蹴り飛ばしてくる。痛い、痛い、痛い。
「だ……れか。たす……けて、くれ」
最後の力を振り絞り、声を出した。もう、これ以上は声も出ない。
「だから言ってんじゃん。誰も来ないって」
そして、とどめを刺さんとばかりに、少女は思い切り足を振り上げた。——その時。
「⁉」
少女たちが、一斉に振り返る。背後から、足音がしたからだ。俺も遅れて、視線を向ける。
そこには、一人の女性が立っていた。長い青髪に、青い瞳。黒いローブをまとった、俺とそう歳の変わらなさそうな女性が。




