プロフェッショナル集団
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第7話、どうぞお楽しみください!
「……おい、ちょっと待て。総制局って結局なんなんだ?」
私が挙手して会話を遮ると、雨宮律は億劫そうに眉を跳ね上げた。
「上司の話を勝手に遮るなって、誰かに教わらなかったか? 業見景くん」
口ではそうぼやきつつも、律は椅子の背もたれに体重を預け、説明を始めた。
「正式名称は『総理非常規危機統合及び制御局』。まあ名前が長すぎるから、普段はみんな単に『総制局』と呼んでいるがね。複数の国家政府を含む公的組織が共同で立ち上げた機関で、簡単に言えば、超常現象専門の国連みたいなものだと思ってくれればいい」
律は組織の構成を指折り数え上げた。
「局内には八つの部署が置かれている。『防衛部』『清理部』『研究開発部』『情報部』『兵站部』『関係部』『意志決定部』『粛反部』。名前を見れば、それぞれ何をやっているかくらい想像がつくだろ? で、私たちが所属するこの『関係部』の主な職務はといえば――ずばり、世界を救うことだ」
「……世界を救う? 大雑把すぎないか……」
ホワイトボードの脇に立つ浅羽晴が、助け舟を出すように補足した。
「正確に言えば、超常現象にまつわるあらゆる事案の対応と処理を担う部署です。総制局の外勤要員は慢性的な人手不足に陥っていましてね。本来なら情報部や防衛部の管轄であるはずの仕事も、現場の裁量でついでに引き受けてしまうことが多いんですよ。そうやってありとあらゆる事件に『関係』してくるからこそ、『関係部』と呼ばれているわけです。まあ、最終的な目標を『世界を救うこと』と要約しても、あながち間違いではありませんが」
「はいはい、無駄口はそこまで!」
律が浅羽の補足を遮る。
「目下の私たちの最優先任務は、『寒冬獣』を見つけ出し、その顕現を阻止することだ」
「寒冬獣……? 何なんだ、それは」
「知らん」
「……じゃあ、どうやって出現を防ぐんだ?」
「知らん」
「その寒冬獣とやらはどこにいる?」
「とりあえず新言市のどこかだ」
「手がかりゼロと何が違うんだよそれ!!」
私は思わず机を叩いて立ち上がった。
「情報部から回ってきた報告書にそう書いてあるんだから、私にどうしろってんだ?」
律は両手を広げ、居直るように肩をすくめた。
……駄目だ。この謎の組織が掲げる『プロ意識』とやらに、私は短時間で絶望的な疑念を抱いてしまっていた。
「まあまあ、全く手詰まりというわけでもありませんよ」
浅羽が頃合いを見計らって宥めに入る。
「事前の洗い出し調査によれば、私たちが現在潜入しているこの私立新言臨川高等学校が、『寒冬獣』降臨の鍵となる特異点である可能性が極めて高いんです」
「そういうことだ」律はバッと私を指差した。「したがって、業見景くん。お前の任務は、この学校内に潜む『異常』を調査し、炙り出すことだ」
「……そんな重大な任務を、いきなり私に?」
私は眉をひそめた。昨日加入させられたばかりの素人にそんな重荷を丸投げするなんて、いくらなんでも無茶苦茶すぎる。
「これを信頼と呼ぶのさ。だいたい、私たち大人が生徒の群れに自然に混ざって嗅ぎ回るわけにもいかないだろう。で、うちの班で唯一生徒の年齢に見える茜はといえば……」
律はジト目で部屋の隅へと視線を向けた。
そこでは、赤髪の少女・茜がポテトチップスの大袋を抱え、会議の内容など我関せずとバリバリ音を立てて口に運んでいた。
「……茜に頭脳労働を期待するだけ無駄だ」
「姐さん、うすしお味なくなっちゃったー」
「会議中におやつの補充を要求するな! ――以上、新人歓迎ミーティング終了! 解散!」
——
会議は呆気なくお開きとなり、その間、三十分すら経っていなかった。
場面は変わって、放課後のグラウンド。
カキンッ、と甲高い快音を響かせ、バットがボールを捉える金属音が、広々とした球場の上空に反響した。
「アキラちゃーん! お疲れ様! どうどう? ソフトボール、めちゃくちゃ楽しいでしょ!?」
汗を輝かせた相城蓮が、眩しい笑顔でタオルを差し出してきた。
「……まあまあだな」
タオルを受け取り、額に滲んだ微かな汗を拭う。
鋳魂者になった影響なのか、身体のバランス感覚や基礎体力が明らかに向上しているのを実感できた。一試合通して動き回ったというのに、息の乱れすらほとんどない。
「筋がいいじゃない、後輩ちゃん! どうかしら、正式に入部届を出してみる気はない? 個人的にかなり期待してるんだけど」
長身の先輩が歩み寄ってきて、感心したように私の肩を叩いた。
「今のところ、そのつもりはありません」
「そ、そう……あはは、でも気が向いたらいつでも体験に来てね……」
あまりにも直球で抑揚のない断り方をしてしまったせいで、ソフトボール部の先輩は気まずそうに固まってしまった。
「あはは! 先輩気にしないでください、アキラちゃんちょっと人見知りなだけなんです! 今日はありがとうございましたー!」
蓮が慌てて割って入ってフォローを入れ、先輩にぺこぺこ頭を下げながら、私の腕を引っ張ってグラウンドを後にした。
それにしても流石は高級私立高校と言うべきか、メインの校舎エリアから離れた場所に専用の球場まで完備されているとは恐れ入る。
だが、雨宮律から押し付けられた『学校内の異常調査』という任務について、私は現状、完全に五里霧中の手探り状態だった。
無理もない。この世界に来てからまだ数日しか経っておらず、校内の地理すらろくに把握できていないのだ。
あれこれ考えた末、多種多様な生徒たちと自然に接触するには、『部活動』を切り口にするのが最も無難だという結論に至った。もちろん、そう思い至った大きな理由は、蓮が「体験入部に連れて行く」と連日うるさかったからでもある。こちらから声をかけてみれば、あの能天気は「アキラちゃんに最高の部活を見つけてあげる!」と鼻息荒く胸を叩いて引き受けてくれた。
「ねえねえアキラちゃん、次はどこの部活を見に行く?」
蓮がスマホの画面を私の目の前に突き出してくる。学校の公式ポータルサイトにある部活勧誘ページには、ずらりと広告が並んでいた。
剣道部、茶道部、文学部……。
メジャーな大規模の部活なら、接触できる生徒の母数は確かに多い。
だが、『異常や怪異』という観点から推測するならば、人の寄り付かないマイナーな部活こそが怪しいのではないだろうか。
私が腕を組み、思案に耽っていたその時――
「――そこのお二人。お探しの部活は、見つかりましたか?」
背後から、不意に幽かな平坦な声がかけられた。
振り返ると、見覚えのない少女が佇んでいた。
深い深緑のショートヘアに、斜めに切り揃えられたアシンメトリーな前髪。少女は意味ありげに口角をわずかに持ち上げた。
「運命が私たちをここで引き合わせたのも、きっと何かの必然。……どうでしょう、導きに従い、私たちの『占術部』を覗いていきませんか?」
——
少女の先導で連れてこられたのは、旧校舎の裏手に佇む……物置小屋だった。
外見は使われなくなった体育倉庫のようだが、中はかなりがらんとしており、まともな運動器具などほとんど見当たらない。
ギィ、と耳障りな軋み音を立てて錆びた鉄扉が開かれると、もうもうとした埃が舞い上がった。どう見ても普段からまともに使われている場所には見えない。
奥のスチールラックは乱暴に壁際へと追いやられ、中央には広々としたスペースが確保されていた。
そこには段ボール箱が無造作に積み上げられて簡易テーブル代わりにされており、周囲にはどこから持ってきたのか、色も形も不揃いなパイプ椅子がいくつか散らばっている。
「着きました。ここが私たち占術部の部室です」
深緑のショートヘアの少女は、無表情のまま両手を広げて案内した。
「…………」
どこからどう見ても、ただ不法占拠された倉庫だ。
呆然とする私とは対照的に、首を突っ込んでキョロキョロしていた相城蓮が目を輝かせた。
「うわぁっ! 秘密基地みたいでめっちゃカッコいいじゃん! Sweetすぎるよ!」
こいつの脳内構造はどうなっているんだ。
「ここ、本当に学校公認の部活なのか?」
私は訝しみながら尋ねた。
「顧問の先生は? 部員数は?」
「顧問はいません。部員なら――あなたの目の前にいるのが全員です」
「それ、部活ですらないだろ……」
目の前の少女は眉一つ動かさず、静かに頷いた。
「世俗的な見解としては、そうなりますね」
わけのわからないオカルトじみた言い回しに、要領を得ない思わせぶりな態度。
目の前の少女自身が、学校に潜む『異常』の一端なのではないかと疑い始めた――その時だった。
「――お戯れはそこまでになさい、雫」
物置小屋の外から、凛とした厳しい叱責が飛んできた。
空気が一瞬で張り詰める。驚いて振り返ると、そこに立っていたのは夕日の残照を背に受け、神々しいほどに輝く金髪の少女だった。
非の打ち所のない美貌は、まるで『完璧』という概念をそのまま具現化したかのようだ。少なくとも容姿に関して言えば、私が逆立ちしても敵わないことくらい一目でわかる。そればかりか、彼女の纏う気高いオーラは、思わず気圧されて後ずさりしたくなるほどの威圧感を放っていた。
金髪の少女――絢華はローファーを鳴らして倉庫へと踏み込んできた。その足取りには一点の迷いもない。
「新入生をこのような場所へ連れ込むなと、あれほど何度も忠告いたしましたわよね?」
絢華の鋭い眼差しを受けながらも、雫は眉一つ動かさず、どこか浮世離れした調子で返した。
「絢華が『新入生』をどう定義するかによる……」
「戯言はおやめなさい。未登録の団体による敷地の無断使用など、校則のどこにも認められておりませんわ」
「……はぁ。まったく、貴女という人はどこまで我が儘を通せば気が済むのですの」
絢華は眉間を押さえて深いため息をつくと、くるりと私と蓮のほうへ向き直った。
「申し訳ありませんわ。ここは立ち入り禁止の危険区域ですの。お召し物を汚したりお怪我をなさる前に、速やかにお引き取りくださいまし」
「あ、はい……」
絢華は雫の手首をぎゅっと掴むと、半ば強引に倉庫の外へと引っ張っていった。雫も抵抗することなく、大人しく引かれるままに歩を進める。
だが。
二人が私の横をすれ違おうとした、その瞬間――。
柊雫は不意に足を緩め、振り返りざまに、私の耳元へとそっと言葉を落とした。
「――自分の身に起きた『異変』を知りたければ、私を訪ねなさい……生徒さん」
「……!?」
驚愕して振り返った時には、雫はすでに絢華に引かれ、夕日に照らされた小道の向こうへと歩み去っていた。
どうして、あの子が私の身に起きたことを知っているんだ?
必死で冷静さを装おうとしたが、額からはじわりと冷や汗が滲み出ていた。
「おーい、アキラちゃーん! 何ぼーっとしてるの?」
蓮が私の目の前でひらひらと手を振り、混乱した思考を強引に引き戻してくれた。
「今の人、生徒会長さんだったみたいだよ! それにしてもすごいオーラだったね、ちょっと怖かったかも! さぁさぁ気を取り直して、次の部活行こっか!」
「あ……ああ」
蓮にブレザーの袖を引かれて歩き出しながら、私は思わずもう一度だけ振り返り、薄暗い影の中に佇むあのオンボロな物置小屋を見つめた。
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