必然の運命
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第8話、どうぞお楽しみください!
「来たわね、生徒さん」
放課後。私は校舎裏の物置小屋へと足を運んでいた。
積み上げられた段ボール箱の脇、パイプ椅子に深く腰掛けた雫先輩が、静かに顔を上げた。
「……」
「どうやら運命は、やはり私たちをここで巡り合わせたようね」
「先輩を見つけられる確率が一番高そうな場所が、ここくらいしかなかっただけだ」
「それも『見つけられるかも』という可能性の話。私たち、やっぱりご縁があると思わない?」
「……どう思おうと勝手だけど。昨日の言葉、どういう意味だ?」
前置きも抜きに、単刀直入に本題へ切り込む。昨日のあの一言を聞き流せるほど、私の神経は図太くできていない。
だが、雫先輩は口元に微かな笑みを浮かべ、適当にはぐらかすように応じた。
「大した意味はないわ。単なるカマかけよ」
「……本気で言ってるのか?」
からかわれたという苛立ちが、瞬間的にふつふつと湧き上がってきた。
「ふふ、怒らないで。どうやら生徒さんは、本当に何かとんでもない秘密を背負い込んでいるみたいね……まあいいわ、まずは名乗り合いましょうか。二年B組、柊雫」
「……一年A組、業見景」
「安心して。秘密なんて誰にだってあるものよ。根掘り葉掘り暴こうだなんて思っていないわ」
「なら結構だ。他に用がないなら、これで失礼するよ、雫先輩」
背を向けて扉へと向かい、ドアノブに手をかける。
この掴みどころのない先輩の茶番に、これ以上付き合っている余裕はない。
「せっかく来たんだもの、ついでに占術部の『体験入部』でもしていかない?」
雫先輩は足元のスチールラックから一つの段ボール箱を取り出した。中にはトランプ、タロットカード、羅針盤、水晶玉といった、いかにもオカルトじみた道具が無造作に詰め込まれていた。
「結構だ。そういうものは信じない主義なんでね」
「あら、残念。本当なら、とっておきの特大の秘密を教えてあげようと思ったのに」
「……どうせまたデタラメだろ」
「まあ、多少の誇張表現が含まれていることは否めないけれど」
「じゃあ帰る」
扉を一気に引き開けようとした、まさにその瞬間だった。
背後から投げかけられた次の一言が、まるで強力な金縛りの呪縛のように、私の動きをその場に完全に縫い止めた。
「――総制局の人間ね、貴女」
「……!?」
心臓がどくりと嫌な音を立てて沈み込み、ドアノブを掴む五指が反射的に強張る。
振り返ると、雫先輩の顔には相変わらず波風ひとつ立たない余裕が漂っており、そのすらりとした指先は、段ボールの即席テーブルの上にすでに何枚かのタロットカードを手際よく並べ終えていた。
——
「……で、その秘密とやらはいったい何なんだ?」
腕を組み、雫先輩を油断なく睨みつける。
総制局。雨宮律や浅羽先生たちが所属するあの秘密組織。普通の高校生が軽々しく口にしていい単語ではないはずだ。
この先輩はどこまでも謎めいていて、ただの風変わりなオカルト好きなどでは決してない。ここは彼女のペースに乗って、もう少し情報を探るべきだと判断した。
雫先輩は私の警戒など意にも介さず、テーブルの上に開かれた三枚のカードを見下ろしていた。
「……『恋人』、『塔』、そして『戦車』」
「私の質問に正面から答えろ」
「そんな野暮な質問は後回し後回し。貴女が占ってほしいのは、これからの運勢だったかしら?」
「……そうだとして、何がわかるんだ?」
深呼吸をひとつし、苛立ちを押し殺しながら促す。
「結果が出たわよ。――悪いことが起きて、そのあと事態は好転する」
「…………」
私の忍耐のゲージが、目に見える速度で底をつきかけていた。
「……茶番は終わりだ。で、その秘密とやらを教えてもらおうか」
雫先輩は肩を小さくすくめると、ブレザーの内ポケットから一枚の黒い名刺を取り出し、段ボールの端へと滑らせてきた。
そこに印字されていたのは、新言市の郊外にある、とある『工場』の名称と詳細な住所だった。
「そこへ行けば、貴女たちが追っている『アレ』の尻尾くらいは掴めるかもしれないわよ」
それだけ言い残すと、彼女はもう一言も余計な情報を口にしようとはしなかった。
——
「――で、あの子からこれを貰ったと?」
スタッフルームの中。
パイプ椅子に腰掛けた雨宮律が、人差し指と中指で黒い名刺を挟み、興味深そうにしげしげと眺めていた。
あの要領を得ない占いを終えた後、私は即座に浅羽先生へと連絡を入れ、再びこのスタッフルームへと呼び出されていた。
茜は部屋の隅のソファでだらりと丸まり、浅羽は傍らに立って情報端末を操作している。
「あの子の身元は洗えたか、浅羽?」
律が隣の浅羽晴に尋ねる。
「ええ。柊雫、十六歳、女性……」
「どうでもいい基本プロフィールは省け。特筆すべき点を言え」
律が手をひらひらと振って遮る。浅羽は手を止め、ちらりと私の方に視線を向けると、半秒ほどの躊躇いの後に静かに口を開いた。
「……両親共に、総制局の正規職員でした。六年前の……あの事故で殉職しています」
事故?
浅羽は具体的にどんな事故だったのかまでは語らなかった。
だが、なぜ彼女が総制局の存在を知っていたのかという疑問は氷解した――殉職した職員の遺族だったのか。
「あぁ……あの事故か……」
雨宮律は片手で顎に手を当てて思案に沈み、もう片方の手で名刺を器用に指先で弄んだ。
「雫先輩を拘束するのか?」と私は尋ねる。
「今は泳がせておく。下手に藪を突いて蛇を出して、手繰り寄せられる糸口が途切れる方が厄介だからな。――それにしても、初手でこれだけの収穫を上げてくるとはな。褒めてやりたいくらいだぞ、景くん」
「それなら……私の任務はこれで終わり、でいいんだな?」
こんな厄介な組織、一刻も早くおさらばしたい。淡い期待を抱いた私に、律は意地の悪い笑みを向けた。
「何を言ってるんだ、ほんの端緒についたばかりだろうが。引き続き雫との接触を保ち、何かあれば即座に浅羽に連絡すること。――ついでに言えば、そろそろお前の訓練もスケジュールに組み込まないとな」
「……は?」
「どうせなら、今日から始めるか!」
律という女は、こういう時だけ妙に行動力がある。
彼女がパチンと指を鳴らすと、継ぎ目のなかった白い壁面にすっと一本の通路が浮かび上がった。
浅羽がその後に続き、ソファで死んでいた茜もふらふらと立ち上がって最後尾にくっついてくる。
通路を抜けた先に広がっていたのは、またしても真っ白な部屋だった。質感自体はスタッフルームと大差ないように見えるが、広さは体育館丸々一つ分に匹敵するほど広大だ。
「シミュレーション要請。訓練環境『壱』へ変更」
律の言葉が発せられるや否や、白い部屋の壁がぐにゃりと波打ち、床面からも無数の立方体が隆起しては沈み込んだ。滲むような燐光が走った次の瞬間――周囲の景色は一変し、鬱蒼とした『森林』へと姿を変えていた。
澄み渡る青空、天頂に輝く太陽、大気には湿った土と青葉の生々しい匂いまで漂っている。
「これ……どうやってるんだ……?」
呆気にとられて周囲を見回す。
「研究開発部の連中に訊いてくれ。今のお前が知ったところで何の役にも立たん」
律はスーツの上着を無造作に脱ぎ捨てると、近くの倒木の上に放り投げた。
「お前がいつ鋳魂者になったのかは知らんが、普段から実感くらいはあるだろ? 身体能力の底上げをさ。いくら第一位階の鋳魂者とはいえ、基礎的な肉体スペックは一般人を確実に上回っているはずだ」
その言葉を聞いて、私は放課後のソフトボール部での一幕を思い出した。
ソフトボールなんて握ったこともなかったのに、ボールをバットに当てるのが異様に簡単だった。経験豊富な先輩が投じた際どいコースの球ですら、その軌道を難なく捉えて打ち返すことができたのだ。一試合フルで動き回っても息切れ一つしなかったのも、それが理由か。
「だが、基礎スペックの向上なんざ初歩の初歩にすぎん」
律は人差し指を立てて左右に振った。
「真に重要なのは、エーテルをいかに制御するかだ。総制局では、エーテルを操る技術体系を総称して『秘技』と呼んでいる。今日は手始めに、最も初歩的な――『エーテル増幅』からいこう」
「茜、手本を見せてやれ」
後ろについてきていた茜がのそのそと前に歩み出ると、広場の中央に陣取り、ふぅと短く息を整えた。
直後。
茜の全身から、淡い青の燐光がゆらりと立ち上り始めた。
「エーテル増幅――すなわち、エーテルを消費して肉体機能を爆発的に強化する技術だ。エーテルの加護を纏ってこそ、鋳魂者と一般人との絶望的な差が形となって現れる」
次の瞬間――
速い!
茜の動きがまるで捉えられない! 大地を踏み締める足取りも、拳を繰り出す軌道も、私の動体視力から完全に消失していた!
ドゴォォォォォンッ――!!!!
鼓膜を劈く凄まじい轟音が炸裂した!
巻き起こる突風が四方へ吹き荒れ、茜の一撃をまともに喰らった大樹――大人が両手を回しても抱えきれないほどの巨木が、胴の真ん中から根こそぎ粉砕され、耳を聾する軋み音とともに腐葉土の大地へとへし折れて倒れ込んだ!
「…………」
立ち込める土煙の中、茜は何食わぬ顔で青い光の残滓を纏う拳を下ろした。
へし折れた巨木の残骸を前に、私はその場に立ちすくみ、言葉を失った。
「はい、見学タイムは終了」
律がパンパンと手を叩き、呆然としていた私の意識を無理やり引き戻した。
「理屈は目で見て分かっただろ。それじゃあ景くん、お前もやってみろ」
「……えっ、今すぐやるのか?」
「実践に勝る訓練はないからな。ほら、深呼吸して、体内のエーテルを感じ取るイメージを持て」
無茶振りがすぎる。
だが、この場の空気が拒絶を許してくれないことくらいは痛いほど分かっていた。私は諦めてその場に両足を踏み揃え、ゆっくりと瞼を閉じた。
意識を集中させる。いわゆるエーテルとやらを体内で探り当てようと試みる。
……だが、瞼の裏はただ真っ暗なだけだ。自分の心音と呼吸の音以外、何の気配も感じ取れない。
(……さっぱり分からない。エーテルを感じ取るって、具体的にどういう感覚なんだ?)
手詰まりになって匙を投げそうになったその時、不意に脳裏に閃くものがあった。
――『黒の鍛炉』。
あの能力を発動する時、決まって身体の奥底から何かが『引き抜かれる』ような奇妙な感覚があったはずだ。
目を閉じたまま、意識のすべてを手のひらへと沈めていく。
具体的な形状をイメージしないまま、私は『黒の鍛炉』のプロセスだけを強引に起動させた。
手のひらの皮膚が微かに粟立ち、黒い砂粒が皮膚の表面からとめどなく湧き出し始める。形状を維持するための集中力を込めていないため、湧き出た黒砂は形を成す間もなく、指の隙間からサラサラと崩落して空気中に霧散していく。
――これだ。
この、体内の何かが外へと絶え間なく引きずり出されていく感覚。
引き抜かれていくその感触を逆流するように、意識の針を体内深くへと手繰り寄せていく。
刹那。
完全な静寂に支配されていた暗闇の中に、唐突に鮮やかな『色彩』が浮かび上がった。
(……こ、これは……?)
それは、まるで生きているかのように揺らめく『炎』だった。
私の胸の奥深くで、小さく、だが確かな輪郭を持って静かに燃え盛る一篝の火種。
それだけではない。無意識に知覚を身体の外へと拡張させた瞬間、周囲の土壌や木々、そして森林の大気中にまで、無数の微小な火の粉が漂っているのが「視えた」。それらはほぼ同じような微弱な光と熱量を保ちながら、この世界の空間の隅々にまで遍在している。
そして私のすぐ傍らには、周囲の環境とは桁違いの熱量を放つ、三つの巨大な業火が聳え立っていた。
これが……エーテルというものなのだろう。
最も激しく燃え盛っているのが雨宮律で、残る二つが茜と浅羽のものに違いない。
手応えは掴んだ。
……だが問題は、ここからどうすればいいかだ。
どうやって体内のエーテルを「消費」して肉体を強化するのか?
駄目だ、まるで見当もつかない。
思考がオーバーヒートしかけたのを感じ、私は諦めてため息をつくと、瞼を開けた。
「……どうだ? 感覚は掴めたか?」
腕を組んで見守っていた律が声をかけてくる。
私は額に滲んだ汗を手の甲で拭い、先ほど体験した感覚をありのままに説明した。
「……おい、浅羽。聞いたか?」
「ええ……確かに予想外ですね。まさか初回の試行でそこまで至るとは」
「あの……私、何かやらかしたか?」
二人のどこか奇妙な表情に気圧され、私は思わず後ずさりした。
「やらかしたわけじゃないさ」律はおかしそうに肩をすくめた。「お前が今使ったのは、どうやら別の秘技――『エーテル感知』のほうだな」
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