徴用入職
いつもお読みいただきありがとうございます!
第4話、どうぞお楽しみください!
「……『関係機関』?」
言っているようで何も言っていないのと何が違うんだよ、それ!
だが、向かいに座る雨宮律の顔に、冗談を言っているような軽薄さは微塵もなかった。
「聞きたいことが山ほどあるのは分かるが、今の状況は私が訊いてお前が答える番だ。大人しく協力すれば、余計な痛い目を見ずに済むぞ」
律はどこか気だるげに、人差し指を無造作にトンと下へと押し下げた。
全身を圧迫するあの不可視の重圧が、警告のように再び私の両肩へと容赦なくのしかかってくる。
先ほどと比べればごく微弱なものだったが、彼女が本気を出せば、空き缶を握り潰すように私をいつでもミンチにできるのだと示すには十分すぎた。
私は唾を飲み込み、観念したように項垂れる。
律はスーツの内ポケットから、くしゃくしゃになった問診票のような用紙とボールペンを取り出した。
「氏名」
「業見、景」
「年齢」
「十六」
「性別」
「……女」
「性的指向は?」
「なんでそんな項目があるんだよ!?」
思わずその場でツッコミを入れてしまった。
「知るか! 用紙にそう印刷されてるんだから、四の五の言わずに大人しく答えろ!」
律はこちら以上に不機嫌そうに吐き捨て、人差し指をさらに数ミリ押し下げた。
「……ぐっ!?」
肩にかかる重圧が一気に倍増し、骨がきしむような鈍い痛みが走る。
「そこまでにしてくださいよ、班長。その子は僕らが探している対象じゃなさそうですし」
キッチンのほうから、苦笑混じりの穏やかな声が響いた。
ドアフレームに寄りかかるように立っていたのは、若い男性だった。仕立ての良い黒のスーツを身にまとい、優しげな目元と親しみやすさを感じさせる端正な顔立ちをしている。いかにも女子ウケの良さそうなイケメン、といった風貌だ。
「うるさい、浅羽! それより私のビールは見つかったのか!?」
先ほどまでの鋭利な空気を纏っていた雨宮律は、この瞬間に骨を抜かれた軟体動物のように、椅子の上でだらしなく仰け反った。
私の身を押し包んでいた重苦しい圧力も、綺麗さっぱり霧散する。
浅羽と呼ばれた青年はため息をつき、冷蔵庫から取り出し直前だった麦茶のパックを元の場所へ戻すと、呆れたように肩をすくめた。
「班長、一体何を期待してるんです? 一人暮らしの真面目な女子高生の部屋に、冷えたビールなんて常備してあるわけないでしょう」
「ないなら下のコンビニで買ってこい! 酒が切れたら意識が飛ぶんだよぉ――」
「姐さんが意識飛ばすのって、ただの飲みすぎの時だけでしょー」
背後に立っていた赤髪の少女、茜が容赦のないツッコミを入れた。
「茜! 私だって伊達に『第三位階の鋳魂者』やってるわけじゃないんだぞ! アルコール代謝くらい朝飯前だ!」
「でも姐さん、この前なんか……」
「あ・か・ね――っ!!!」
「…………」
目の前で繰り広げられる、あまりにも低レベルな小競り合い。
先ほどまで「国家の秘密機関」に対して心の片隅で辛うじて抱いていた畏怖や敬意は、ものの数秒で瓦礫すら残さず崩壊した。
「ゴホン……コホン。よし、本題に戻ろう。業見景、お前は『鋳魂者』だな?」
律はようやく乱れた長髪を指先で整え、無理やり真面目な顔を作った。
「え? 鋳魂者……?」
生まれて初めて耳にする単語だ。だが文脈から察するに、おそらく私が『黒の鍛炉』と名付けたあの能力のことだろうか。
律は目を細め、品定めをするかのような冷たい視線で私を射抜いた。
「本当に知らないのか? それともとぼけているのか?」
「どっちにしろ知らないって意味に変わりないだろ! そんなの聞いたこともない!」
「そうか……全身の骨を粉々に砕かれても、同じ答えが返ってくるか?」
「……知らないものは知らない」
氷のような沈黙が、数秒間続いた。
やがて、律は深いため息をつき、持っていたボールペンを無造作に机へ放り投げた。
「いいだろう。一応信じてやるよ、野良の鋳魂者さん」
野良ってなんだよ。草むらから飛び出してきた野生のポケモン扱いか。
……まあ、異世界から転移してきた身としては、似たようなものかもしれないが。
「全員、撤収準備!」
「やったぁー! 残業終わりぃ!」
律の号令とともに、茜は私の手首を拘束していた頑丈なナイロンベルトを両手で掴み、スナック菓子の袋でも開けるかのように、素手で「ブチッ」とあっさり引きちぎった。
唐突に拘束を解かれ、椅子から立ち上がって痺れた手首を回す。そのまま玄関へと向かう三人の背中を見送り、私はたまらず声を張り上げた。
「えっ? おい、ちょっと待て! これで終わりなのか!?」
律はドアノブに手をかけたまま、億劫そうに振り返った。
「当たり前だろ、私の残業は終わりだ」
「お前の残業って……じゃあ、私は!?」
「ここからは『清理部』の管轄だ。私の知ったことじゃない」
……清理部? 漂白剤とウッドチッパーの臭いがプンプンする危険すぎる部署名なんだが。
「清理部って……一体何をする部署なんだよ」
「質問の多い奴だな。文字通り、後片付けをする部署だよ。詳しい内情は私も知らんが、お前のような素性の知れない野良の鋳魂者なら、隔離施設にブチ込まれて数十年はお勤めってところじゃないか?」
……よかった、数十年閉じ込められるだけか……。
って、待て!!
「じゅ、数十年!? 私の人生、完全に終了じゃないか!!」
「そうだな」律はにっこりと微笑んだ。「運が悪ければ、一生お日様を拝めない可能性だって大いにあるぞ」
「そんな横暴な! 普通に陽の当たる場所で生きる方法はないのかよ!?」
「あるぞ」
律は腕を組み、玄関の壁に体重を預けた。
「お前がどうやって鋳魂者になったのか、その経緯を包み隠さず素直に吐けばいい」
ぐるりと一周回って、結局のところまったく信用されていないわけだ。
だが、「今朝起きたら別の世界線から転移してました」なんて馬鹿正直に言えるはずがない。そんなことを言えば、それこそどこの施設に送られるか分かったものじゃない。
私の脳裏に、気を失っていた間に目にしたあの光景が電光石火の如く閃いた。
「……詳しい理由は分からない。ただ……妙な夢を見たことと関係があるのかもしれない……」
——
「……なるほど。これはまた、厄介なことになったな」
数分後、我が家のリビングのソファで堂々とあぐらをかいた雨宮律は、顎に手を当てて唸っていた。
「異世界転移」という決定的な秘密を完全に伏せたまま、私はあの灰白色の荒原、空から降り注ぎながら地面に届かない白い雪、そして遠くの丘の上に佇んでいた謎の人影について、できる限り詳細に語って聞かせたのだ。
今の私には、この証言で煙に巻けるかどうかに全てを賭けるしかなかった。
律はしばし考え込んだ後、顔を上げた。その口元には、爽やかでありながらどこか危険で底意地の悪さを孕んだ笑みが浮かんでいた。
「よし! お前の話を全面的に信じよう。――というわけで業見景、お前を『徴用』する!」
「……は?」
安堵する暇すら与えられず、特大のクエスチョンマークが私の頭上に直撃した。
「ただいまをもちまして、業見景くんを関係機関第二班の臨時構成員に任命する! 全員拍手!」
律がパンパンと勢いよく手を叩く。
「やったぁー! 後輩ができたぁー!」
茜がアザラシのように嬉しそうにパチパチと拍手して歓声をあげる。
「ようこそ、業見さん。これからよろしくね」
浅羽も苦笑いを浮かべながら控えめに拍手を送ってきた。
一体どこの悪徳商法だ、この押し売りは!?
こいつ、完全にその場の思いつきで動いてるだろ!
「おいおい新人、もっと嬉しそうな顔をしろよ! 今日からお前は、世界の平和を守るという崇高な使命を背負うことになったんだぞ!」
律は大股で歩み寄るなり、強張った私の肩を容赦のない力加減でバシバシと叩いてきた。
「よ、よろしくお願いします……は、はは……」
法と人権を軽視する危険人物集団に囲まれ、私は引き攣った愛想笑いを浮かべるのが関の山だった。
こうなっては、日の当たらない監獄に放り込まれないためにも、理不尽を受け入れるしかない。
——
翌日。私立新言臨川高等学校、一年A組の教室。
「アキラちゃーん! どうしたの、幽霊みたいに顔色真っ青じゃん! 昨日の夜、徹夜で宿題でもやってたの!?」
前の席の相城蓮がバッと勢いよく振り返り、至近距離から私の顔を覗き込んできた。
私は机の上にぐったりと突っ伏し、顎を天板につけたまま深いため息を漏らした。
「……何でもない。ただの低血圧だ」
「何でもなくないでしょ! そんな死んだ魚みたいな顔、ちっともSweetじゃないよ! 悩み事があるなら何でも話してよね、僕たちマブダチなんだからさ!」
耳元に機関銃のような高エネルギーのマシンガントークが注ぎ込まれる。
……うるさい。けれど、騒がしくはあるものの、昨晩味わったあの不法監禁に比べれば、一切の邪気がないこの能天気なバカの存在が、今の私には奇妙なほどの安らぎを与えてくれていた。
キーンコーンカーンコーン――。
予鈴のチャイムが鳴り響いた。
「あ、先生来ちゃう! 放課後は絶対にみっちり尋問するからね!」
蓮はようやく名残惜しそうに前を向いた。
ガララッと前扉が開いた瞬間――教室内の高校生たちの間から、抑えきれないどよめきが沸き起こった。
「えっ、誰あの人……超イケメンじゃない!?」
「新しい先生? まるでモデルみたい……!」
私は重たい頭を机から持ち上げ、教壇の方へと視線を向けた。
仕立ての良いスーツに、温和で整った顔立ち。その口元には、完璧というほかない穏やかな笑みが浮かべられている。
――浅羽 晴。
昨晩、我が家のキッチンでビールを探して冷蔵库を漁り、最後にはニコニコしながら私の加入に拍手を送っていたあの男だ!
「皆さん、おはようございます」
浅羽はチョークを取り、黒板に流れるような達筆で自らの名前を書き連ねた。
振り返った瞬間、浅羽の視線が教室の隅にいる私の上をごく自然に掠め、その目尻が意味深に微かに細められた。
「今日から皆さんの『現代地理』を担当することになりました。これからの一年間、よろしくお願いしますね」
教室中が一瞬で沸き立った。
前の席の蓮はその身軽さを活かして、授業中だというのに椅子を器用に回転させ、手で口元を覆いながら小声で耳打ちしてきた。
「ねえねえアキラちゃん! 新しい先生、すごい人気だよ! ……でもねっ!」
蓮はおどけたようにウインクしてみせる。
「……僕の中では、やっぱりアキラちゃんのほうがずっとSweetだけどね~!」
「…………」
今の私には蓮の相手をする気力など残っておらず、ただ目を閉じ、耳を塞ぎ、このすべてが一刻も早く過ぎ去ることを祈るばかりだった。
「……勘弁してくれ……」
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