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第九話  一意専心、剛への強化

 切れたはずの強化が、体の中に満ちている。サトリアが力の受け渡しをしてくれたのだろう。

 迷っている時間はない。

 俺は剛へ向かって意識を集中させた。今まで自身にしか強化をしてこなかったが、対象が変わるだけだと言い聞かせた。

 剛さんに、強化を——。しかし、そう簡単にはいかなかった。 

 

 振り上げられた拳が剛へ落ちてくる寸前、俺は強化を剛へ向けて流し込んだ。

 だが——弱かった。

 剛は腕でガードしたが、それでも体が大きく揺れた。

 

 「っ……!」

 

 タイミングがずれた。強さも足りない。

 剛がこちらを一瞬だけ見たが、何も言わなかった。それでも俺には伝わった。

 三人の男のうち一人が、剛の脇腹へ蹴りを入れようとした。

 俺は剛の足に意識を絞った。剛が踏み込む瞬間——そこだ。

 今——!

 

 剛の足に強化が乗った。さっきより、確かに強い。

 剛の体が僅かに速くなった。蹴りを躱し、男の顎へカウンターを叩き込む。

 男が吹き飛んだ。

 

 「一人——!」

 

 剛は何も言わず、すぐに次へ向かった。

 残り二人。一人が剛の腕を掴もうとする。もう一人が背後から迫っていた。

 挟まれる——。

 俺は剛の両腕に意識を分散させた。難しかった。一点に絞るより何倍も難しい。

 強化が薄くなるのがわかった。 

 駄目だ。分けるんじゃねぇ。剛さんの動きを見ろ。

 剛が先に動いた。背後の男へ向き直り、拳を振り上げる。

 

 そこだ——!

 拳に一極集中。

 鈍い音がした。背後の男が膝をついた。残り一人。

 剛と男が向き合う。男が構えを取った。

 俺は剛の全身を見続けた。どこで打つ。どこで蹴る。修行を見てきた日々が、頭の中で蘇る。

 

 剛が踏み込んだ瞬間——俺は迷わず強化を流し込んだ。

 剛の拳が、男の腹へ深く沈んだ。

 男は声も出さずに、そのまま崩れ落ちた。

 

 ――静寂――

 

 三人、全員が地面に転がっていた。

 剛はゆっくりと息を吐き、俺の方へ歩いてきた。

 俺はその場に座り込んだまま、強化が完全に切れていくのを感じていた。体の中が空っぽだった。

 剛が目の前に立った。

 しばらく、何も言わなかった。

 

 「……お前、他人に強化かけたのは初めてだろ。」

 

「……はい。」

 

「よくやった。」

 

 アパートに戻ると、剛は俺をソファに押し込んでお茶を取りに台所へ向かった。しばらくして、温かい茶が目の前に置かれた。

 剛はソファの向かいに腰を下ろし、自分の茶を手に取った。俺はそれに続いてお茶を飲んだ。

 そのまましばらく、二人とも何も言わなかった。

 

 「……剛さん。」

 

「ん?」

 

「俺、少しは強くなれてますか。」

 

 剛は茶をすすり、少しの間黙っていた。

 「翔。今日のお前は本当によかった。関節を狙ったのも、俺に強化をかけたのも——全部、お前が自分で考えてやったことだ。」

 「俺が教えたのは足運びと重心だけだ。あとはお前が自分でもぎ取った。それは誇っていい。」

 

 俺は何も言えなかった。ただ、胸の奥が熱くなるのを感じた。

「……ありがとうございます。」

 

 「礼はいらん。明日からまた地獄だからな。」

 

 そう言って、剛はおかしそうに笑った。

 その夜は、久しぶりに穏やかな時間だった。

ご覧いただきありがとうございました。今まで毎日3話投稿していたのですが、自分が事前に考えていたストーリーのストックがだいぶ減ってきているので、これからは投稿頻度が減ると思います。ですが、これからも応援していただけると嬉しいです。次回もお楽しみに〜

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