第十話 臥薪嘗胆の果て、師を超えた日
山本たちとの戦いを終えた翌朝、廃工場で剛と向き合ってその感覚を意識して引き出した瞬間、いつも読 まれていた踏み込みが一瞬だけ剛の反応を上回った。俺の拳が、剛の腕を確かに捉えた。修行を始めてから一度も届かなかった一撃が、初めて通ったのだ。
「ちょっとまて翔。パワーやスピードが今までと段違いに強くなってないか?」
「三人分の力を使いました。蒼と、剛さんと、俺の分です」
「なるほど、そういうことか」と剛は静かに頷いた。「だが力があっても技が追いついていなければ意味がない。続けるぞ」
それからの一ヶ月、パワーとスピードでは俺が上回るようになっていたが、剛の技術はそう簡単には超えられなかった。力で押せば体捌きで外してくる。速く踏み込めば重心をずらして受け流してくる。それでも少しずつ剛の動きが読めるようになってきた。五分五分の日々が続いた。
一ヶ月が経ったある夜、剛の踏み込みを読み切って胴へ一撃を叩き込むと、剛の体が今までにないほど大きく後退した。剛はゆっくりと構えを解き、廃工場の壁に背を預けた。
「翔。今日の打ち合い、わかったか」
「……五分五分、ですか」
「ああ」と剛は言い、少し間を置いた。「それと、末位のトーナメントが三週間後にある」
わかっていた。優勝して参位の最下位を倒せば、一千九百万人の佐藤全員のランクが上がる。そのルールを知った日から、ずっとそれだけを目指してきた。
でも三週間後という言葉が、じわじわと体の芯に重くのしかかってきた。五分五分では足りない。三週間で、完全に勝ち切れる力にする。それだけを考えながら、その夜は目を閉じた。
翌朝、修行時間を増やしてほしいと頼むと、剛はしばらく俺を見てから静かに頷いた。「ただし俺が止めと言ったら止めろ。潰れたら意味がない」「望むところです」
三週間、限界を超えようとし続けた。腕が上がらなくなっても動き続け、足がもつれても踏み込み続けた。少しずつ剛の技が体に染み込んでいき、三人分の力に技術がようやく追いついてきた。
そしてトーナメントの前日。最後の打ち合いで剛の踏み込みを完全に外し、渾身の一撃を胴に叩き込んだ。剛の体が大きく後退し、そのまま膝をついた。
しばらく静寂が続いた後、剛はゆっくりと立ち上がって俺をまっすぐ見た。
「……もう教えることはない」
「...え?」
「足運び、重心、呼吸、読み。全部お前のものになった。あとはお前が自分で戦うだけだ」
剛は静かにそう言って、それからいつもより少しだけ柔らかい顔で笑った。「よくやった、翔」
その言葉が、胸の奥まで真っすぐ届いた。俺は何も言えなかった。ただ深く頭を下げた。
翌朝、トーナメントの会場に着くと、末位区の各苗字の代表たちがそれぞれ固まって立っていた。観客はほとんどいない。末位のトーナメントに足を運ぶ者など、そう多くはないのだ。
それでも、会場の隅に二人の姿を見つけた。蒼と、剛だった。蒼は俺を見るなり大きく手を振った。
「翔! ボコボコにされて帰ってくるなよ!」
「縁起でもないこと言うな」
思わず笑い返すと、蒼もつられて笑った。
すると隣りにいた剛が 「翔!思いっきり戦って来い!」と口にした。
その一言だけで、不思議と肩の力が抜けた。剛は腕を組んだまま俺を見つめていた。
俺は二人の応援のお陰で緊張が解け、不思議と誰にも負ける気がしなかった。
一千九百万人の佐藤を背負って、俺は戦いに行く。その覚悟が、胸の中でしっかりと根を張っていた。
ご覧いただきありがとうございました。次回からいよいよトーナメント戦が始まります。翔がどのような戦いを繰り広げるか楽しみですね!引き続きハラハラドキドキするような展開が書けるように日々精進していくので、応援よろしくお願いします!次回もお楽しみに〜




