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第五話  特訓開始

 翌日、仕事を終えた俺は初老の男に昨日教えてもらった古い住宅街に向かっていた。

 体は荷物運びで疲弊していたが、それでも足取りは軽かった。

 302号室の前に立ち、インターホンを押そうとした瞬間、ドアが開いた。


 「遅かったじゃねぇか。今日も仕事か?まあ中に入るといいさ」


 そう言って剛は俺を出迎えてくれ、晩御飯まで用意してくれた。

 美味しい食事を取ったあと、剛に


 「行くぞ。ついてこい」


 と少し優しさが消えたような声で歩き始めた。俺はそれについて行った。

 向かった先は、末位区の外れにある廃工場だった。

 崩れかけた建物、錆びついた鉄骨。人の気配はない。修行をするには十分な場所だった。


 剛が止まった瞬間、まるでその場の空気が変わったかのような異様さを覚えた。すると剛の口から


 「始める前に一つ問おう。お前さん、参位に勝って強くなったと思ってんだろ」


 俺は急な質問に緊張してしまい、つばを飲んだ。そして少し考え、


 「 . . . 少しだけ、思ってました」


 「正直でいい。」


 そして少しの静寂があった後、剛さんは静かに両手を下ろしたまま、俺を見据える。


 「来い。」


 その二文字だけで、背中が凍るような威圧感があった。俺は戦闘体制に入り、自分に向けて身体強化をし、剛に向かって殴りかかった。

 次の瞬間、景色が反転した。何が起こったかすらもわからない。気づけば俺は地面に倒れていた。


 「. . . は?」


 俺は戸惑ったが、すぐさま起き上がりまた殴りかかった。すると先ほどと同じように、また地面に仰向けで倒れていた。殴る、蹴る、掴む、どれをやっても全て避けられ、何度挑んでも一撃を与えることはなかった。


 1時間後... 俺は地面に倒れ込み、指一本動かすことができなくなってしまっていた。

 するとようやく、剛が口を開いた


 「弱いな。」

 「お前が山本に勝てたのは、お前に力があったわけではない。山本が油断していたからだ」


 悔しかったが、何も否定することができなかった。

 「山本が油断していたからだ」 胸に刺さる言葉だった。

 続けて剛が言う


 「足運びも駄目。」「重心も駄目。」「呼吸も止まっている。」「相手しか見えていない。」


 一つ一つ指摘される。全部、その通りだった。

 昨日、山本に勝てたことで、自分は少しだけ強くなった気でいた。

 でも違った。俺はまだ、スタートラインにも立てていなかったのだ。


 「よしっ、今日は終わりにしよっか」


 剛は口を開いたが、それは鍛錬時とは異なっていた昨日までのいつも通りの剛であった。急に緊張感がほどけたような気がしたのと同時に、少し驚いてしまった。


 その後の帰り道、ボロボロな俺を見て剛は口にした。


 「俺は五年間ランク戦に出場し、どの年もこっぴどく負けた。負けるたびに佐藤を姓に持つ仲間たちからの期待も薄れていき、俺には何もできることは無かったんだ。でも、お前なら届く気がしたんだ。」

 「俺はお前に期待をしている。だからいくら訓練が厳しくても、必死に食らいついてこいよ」

 

 その言葉が、俺の胸の深く響いた。


 そして剛のアパートに戻り、お別れを言って自宅に帰ろうとした時、


 「翔。お前の配達の仕事. . . 。辞める気は無いのか?」


 思わず足が止まる。なぜ急に剛がそんなことを言ってきたのかの理解が追いつかなかったからだ。

 剛さんはそのまま静かに言った


 「山本に絡まれた原因は配達の仕事があったからだろ?今のままじゃ強くなるまで時間がかかるぞ。」

 「食事や生活費は賄ってやるから、うちに泊まって鍛錬してみるのはどうだ?」


 「……でも」


 自然と、あの日のことが頭に浮かぶ。山本に殴られたこと。蒼が俺の代わりに傷ついたこと。

 そして、剛さんに何度挑んでも一撃も届かなかった今日のこと。

 このまま荷物を運び続けても、何も変わらない。いや、変えられない。

 神位になるためには、中途半端な覚悟じゃ足りない。


 俺はゆっくりと顔を上げた。


 「……お願いします」


 剛さんは何も言わず、ただ小さく笑った。


 「その返事を待ってた。」


 そう言うと、俺の肩を軽く叩いた。


 「明日から地獄だぞ。」


 「望むところです。」


 俺は迷いなく答えた。その日、俺は荷運びの仕事を辞めることを決めた。

 神位になるために、俺はもう後戻りはしない。


 その頃――。


 夜の末位区。

 翔の家の前には、山本拓也と三人の参位の男たちが立っていた。


 「ここだよな?」 「ああ。間違いねぇ。」


 山本はニヤリと笑い、乱暴に玄関を叩いた。

 

 ドンドンドンッ。

 「おーい、佐藤ぉ。」


 返事はない。もう一度叩く。

 それでも返事はない。


 「留守か?」


 一人が首を傾げる。山本は舌打ちした。


 「……チッ。」


 山本は拳を握り締める。


 「逃げたってことか。」 「どうします?」 「逃げられると思うなよ。」


 山本は低く笑った。


 「佐藤翔。」


 「見つけた時は、今度こそ終わりだ。」


 

ご覧いただきありがとうございました。PV数も順調に増えていっており、活動の励みとなっています。これからも応援していただけると嬉しいです。次回もお楽しみに〜

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