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第四話  現代表との出会い

 蒼が退院した翌日、俺は動き始めた。


 山本を倒したことで何かが変わった気がしていた。いや、正確には変わったんじゃない。変えられると思えた、というべきか。サトリアから力を引き出せたこと、蒼の信頼が届いたこと。あの感覚はまだ体の奥に残っている。


 だから次にやるべきことは、自然と見えてきた。

 俺は佐藤の代表になる。

 そのためにまず、現代表を探さないといけない。


 「佐藤の代表って、今誰なんだ」


 荷運びの昼休み、末位区の顔見知りに片っ端から聞いて回った。

 しかし、返ってくる答えはだいたい同じだった。


 「さあ。そんなの気にしたことなかった」


 「代表?意味あんの?どうせ負けるのに」


 「知らね。誰でも同じだろ」


 誰も知らなかった。知ろうとしてこなかったんだろう。諦めた人間は代表の名前すら覚えない。そういうものか、と思うと胸のどこかが重くなった。


 それでも一人だけ、違う答えをくれた奴がいた。

 末位区の端で廃品回収をやっている初老の男だ。名前は知らない。いつも無口で、俺とは目が合えば頷く程度の関係だったけど、この日は違った。


 「佐藤の代表なら、剛さんだよ。佐藤 剛。この区画の北側、古い集合住宅に住んでる」


 「何年も代表やってる人ですか」


 男は少し間を置いた。


 「……もう五年になるな。毎年トーナメントに出て、毎年一回戦で負けて帰ってくる。誰も代わろうとしないからな」


 男はそれだけ言って、また黙って作業に戻った。聞いてもいないのに、答えが返ってきた気がした。


 その日の仕事が終わった夜、北側の集合住宅に向かった。


 末位区の北側は、南側よりさらに薄暗い。街灯が二本に一本しかなくて、道路の端に割れたガラスが散らばっている。踏まないように足元を見ながら歩いていると、自然と下を向くことになる。ずっとこの道を歩いてきた人間は、上を見る癖がなくなるんじゃないかと思った。


 古い集合住宅はすぐ見つかった。外壁の塗装が剥がれて、錆びた手すりが傾いている。郵便受けに苗字が貼ってあって、「佐藤」だらけだった。当たり前か。ここは末位区だ。


 302号室。

 インターホンを押した。

 しばらく待っても、反応がない。もう一度押した。


 「……誰だ」


 くぐもった声が返ってきた。


 「佐藤翔といいます。佐藤 剛さんに話があって来ました」


 しばらく沈黙が続いた。


 「帰れ」


 「話だけでも聞いてもらえませんか?俺は代表になりたいんです。そのために来ました」


 インターホンの向こうが、しんと静まった。一分くらい待っただろうか。

 ガチャ、と鍵が外れる音がした。

 部屋の中は薄暗かった。カーテンが閉まっていて、蛍光灯が一本切れかけている。


 剛は三十前後に見えた。背が高くて体つきはしっかりしているが、目に力がない。代表を五年やった人間の目とは思えなかった。


 「代表になりたい、か。どうしてだ」


 ソファに深く腰掛けたまま、剛は俺を見た。


 「神位まで上がって、苗字階位法を廃止するためです」


 剛は少し目を細めた。笑ったのか、呆れたのか、よくわからない顔だった。


 しばらく沈黙が続き、剛が口を開いた。


 「……お前、ここまで来る道、どんな道だったか覚えてるか」


 「街灯が少なくて、ガラスが落ちてて、足元ばかり見ながら歩きました」


 「そうだ」剛は静かに言った。「俺はここに五年住んでる。五年間、その道を毎日歩いてる。毎年トーナメントに出た。毎年負けた。帰り道、また同じ道を歩いて帰ってきた。五年間、何も変わらなかった」


 続けて剛は言った。


 「お前はそれを変えられると思ってるのか。根拠を示してみろ」


 「昨日、俺は参位である山本 拓也に勝ちました」


 剛の眉が、わずかに動いた。


 「参位の山本を?お前が?」


 「幼馴染の佐藤蒼の力を譲渡してもらい、ギリギリのところで山本に勝利することができました。」


 剛はしばらく黙っていた。蛍光灯がジジ、と音を立てる。


 「佐藤の姓には力がほとんど存在しないはずだが、なぜそんなことができたんだ?」


 剛は今までの様子と打って変わって、目をまんまるにして問いかけてきた。

 そこで今までの出来事、佐藤の神である「サトリア」についてすべて話すことにした。


 「まさか佐藤にそんな力があったなんて、、、しかもサトリアなんて聞いたこともない」


 剛は驚愕していた。だがなぜが喜びに満ちているような表情をしていた。

 剛は立ち上がって、カーテンを少しだけ開けた。末位区の薄暗い夜が窓の外に広がっている。


 「暇な時間があったら来い。佐藤の能力についてはお前のほうが可能性は高い。が、体の使いこなしなら俺に軍配が上がる。徹底的に鍛えてやるから、覚悟しとけよ」


 俺は感情が高ぶっていたが、込み上げてくるものを抑えて頷いた。


 「わかりました」


 それだけ言って、部屋を出た。今日は遅かったので、帰ることにした。帰り道、また足元のガラスを避けながら歩いた。来る時と同じ道だ。でも今度は、少しだけ上を向いて歩けた気がする。



 同じ頃——参位区の南側。


 山本 拓也は、薄汚れた倉庫の中に三人の男を集めていた。

 顔に包帯を巻いている。後頭部に食らったあの一撃は、思ったよりダメージが残っていた。自分でも驚いた。佐藤ごときに、こんな傷を負わされるとは思っていなかったからだ。


 「集まってくれてありがとよ」


 いつもの軽い口調で言ったが、目が笑っていない。三人とも気づいているだろう。気づいていても、誰も何も言わなかった。


 「佐藤に、やられたんですか」


 一人が信じられないという顔で言った。


 「まあそういうことになるな」山本は包帯に触れながら言った。「でも一回こっきりの話だ。あいつに何かトリックがあったとしても、次はそうはいかない」


 「それで、俺たちを集めたのは」


 「一人でやり返すのも面白くないだろぉ?せっかくだから、みんなでやろうと思ってさぁ」


 山本は笑った。今度は目も笑っていた。ただし、優しい笑い方じゃない。狂気に満ちた笑いだった。

 その時の俺はまだ知らなかった。あの夜が、さらなる戦いの始まりだったことを。

 

ご覧いただきありがとうございました。作れば作るほどいろんなアイデアが出てきて、小説を書く面白さに気づきました。これからも引き続き応援してくださると嬉しいです。次回もお楽しみに〜

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