第十二話 天衝一撃、壁の向こうへ
四方を囲む壁の内側で、俺は一度深く息を吐いた。
壁を壊しながら前に進もうとしたが、壊しても壊しても次が来る。数と速さで上回られている以上、正面から突破しようとするのは悪手だ。
壁を壊すことに強化を使い続ければ、中村に辿り着く前に力が尽きる。それは避けなければならない。
壁を、壊す必要はない。
その考えが頭に浮かんだ瞬間、視界が開けた気がした。壊すのが難しいなら、乗り越えればいい。壁は横には広がっているが、上には限界がある。
今まで拳に集中させていた強化を、足に回す。強化した足でジャンプすれば、壁など関係ない。
俺は強化の流れを切り替えた。拳から、足へ。全部を足の裏に集める。
跳んだ。
体が、思ったより遥かに高く浮き上がった。壁の上端を軽々と越えて、コートを見下ろす位置まで一気に上がった。一瞬だけ、中村の顔が見えた。余裕の表情が、初めて崩れていた。
着地と同時に踏み込み、強化した足でコートを蹴った。今度は壁をすり抜けるのではなく、壁そのものを足場にして跳ぶ。右の壁を蹴って左へ、左の壁を蹴って前へ、猛スピードで中村との距離を詰めていく。
壁が増えれば増えるほど、足場が増える。さっきまで俺を閉じ込めていたものが、全部踏み台に変わった。
「なっ——」
中村が壁を展開しようとしているのが見えたが、もう間に合わない。俺は最後の壁を蹴り、中村の正面へ一直線に飛び込んだ。強化した拳を叩き込もうとした瞬間、中村が叫んだ。
「佐藤にこんな力があったなんて聞いてないぞ...!」
直後、中村の周囲から一気に壁が吹き上がった。高さが、今までとは段違いだった。十メートル近い鉄の壁が中村を中心にぐるりと囲み、内側へ入り込もうとした俺の体を弾いた。今までの壁とは比べ物にならない硬さだった。
コートに着地して、壁を見上げた。十メートル。さっきのジャンプでも届かない高さだ。だが中村は今、その壁の内側に閉じ込められている。
外に出てこられない以上、自分から詰めることもできない。防御に徹することしかできなくなっている。
俺は壁の表面に触れた。分厚い、でも足場にはなる。
周囲を見渡すと、さっきまで中村が展開していた壁がコートのあちこちに残っていた。高さはバラバラだが、うまく使えば足場として繋げられる。俺はその壁の一枚に足をかけ、強化を足に集めた。
一枚目を蹴って二枚目へ、二枚目から三枚目へ、中村を囲む壁に向かって段差を駆け上がるように跳び伝っていく。近づくにつれて、中村が息を呑む気配が伝わってきた。
「お前、まさか——」
十メートルの壁のてっぺんに、足をかけた。
眼下に中村が見えた。壁の内側で身構えているが、上から来ることは想定していなかったのだろう、完全に仰け反った顔でこちらを見上げていた。
俺は一瞬だけ息を止めて、強化を右足のかかとに全部叩き込んだ。
「——っ!」
そのまま、踏み切った。
空中で体が一瞬止まって見えるような感覚があった。次の瞬間、かかとが中村の肩口に直撃した。鈍い音と衝撃が足の裏から全身に伝わり、中村の体がその場に崩れ落ちた。壁が、一斉に消えた。
静寂が、コートに広がった。
審判が中村のそばに駆け寄り、しばらく確認してから手を上げた。
「勝者、佐藤翔!」
観客席がざわついた。笑っていた声が、今度は別の色を帯びていた。俺は息を整えながら立ち上がり、観客席の端に目をやった。蒼が立ち上がって両手を上げており、剛に関しては嬉し涙を流していた。
剛や蒼が喜んでいる姿を見て、トーナメントでの初出場初勝利に、俺自身も心の底から喜んだ。
「残りの試合も勝ち進み、優勝を勝ち取り、佐藤全員で俺が参位に導くんだ」
佐藤全員に希望をもたせると俺は決意を固めた。
――――
「佐藤翔か...なかなかやるじゃねぇか。是非決勝でやり合ってみたいねぇ〜」
物陰から試合を見ていた者がそう言葉を放ち、舞台裏に去っていった...
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