第六十話
雑貨店を出た俺は、その場で立ち止まり、
道路を挟んでそこに建つルージュタワーを見た。
まだ仮説の域を出ない話ではあるがと、
自身の心に前置きをし、
一つのストーリーを思い描いてみる。
ビルの塗装作業が行われた際、
もちろんビルの景観と合う様に配管の塗装も行われたはずだ。
配管を扱うからには塗装工だけではなく、
そこに配管工も当然参加したに違いない。
配管塗装はとても重要な作業だ、
ただ塗れば良いというものではない。
配管はいわばビルの血管と一緒で、ここが錆びて腐食したり、
あるいは割れたり傷んだりで劣化してしまうと、
ビルの維持管理にも支障が出る。
だから直射日光や風雨にも耐えられる様に、
配管表面の保護をする為に塗装を行うとても大事な作業だ。
配管の材質と塗装との相性もある、
故に配管と塗装をセットでやっている会社もあるくらいだ。
作業中は足場を組んで行う。
ビルを取り囲むように足場を組み、作業員はそこを上り下りしながら、
一階から上階まで隈無く作業を行う。
その際、窓には養生を行う。
養生とは窓に塗料がかからぬ様にビニールシートなどで覆いをすることだ。
原則全ての窓に行う。一つ一つ丁寧に、隙間が無いように。
そう、一つ一つ。
全ての窓に。
そこで、だ。
俺は一つの仮説を立てた。
もし、ある配管工が窓の養生中に、
本人には見るつもりが無かったとしても、
それが偶然見えてしまったのではないか。
あの絵が。
一目で絵に魅了されたその配管工は、
その後は、来る日も来る日も作業の合間をみつけては、
その窓の前に来て、養生ビニールシートをめくり、部屋の中を覗き込む。
最初は見るだけで良かった、窓越しに見るだけで充分だった。
だが、やがて、窓越しではなく、
もっと近くで見てみたいと思うようになった。
ある日、その日も同じ様に窓越しにその絵を見ようとした時、
窓の鍵が開いていることに気が付いた。
躊躇いは無かった、配管工は部屋に入ると、その絵に近付いた。
間近で見るその絵は、窓越しで見るよりもずっと魅力的だった。
そう、あの絵はとても魅力的。
『俺』はあの絵を誰にも渡したくない。
………。
……。
…。
ちょっと待ってくれ。
俺は目を瞑り、額に手を当てると頭を2、3度横に振る。
何かおかしいな、絵を渡したくないのは『配管工』だ、俺じゃあない。
ストーリーを考えている内に何やら話がおかしな方向に行ってしまった。
無理もない、昨日から色々な出来事や情報が脳内に流入し、錯綜している、
そう、疲れているのだ、考えるのは一先ずやめた方が良いかもしれない。
ちょうどそう思った時、
ルージュタワーの前に一台の車が止まった。
車から出てきたのは一柳刑事だった。




