第五十九話
「大丈夫?」
「え、何がですか?」
「だって、急に顔色が悪くなったわよ、そう、さっきまでとは別人みたい……」
「はぁ、そうでしたか……」
確かに血の気の引く話だ。
俺は右手で顔をつるりと撫でた。顔に触れた手が冷たく感じるのは気のせいではあるまい。
一時でも同じ絵を所有していたという事実は偶然だとしても、咬創という特殊な殺害方法まで一致した。
これは最早、無差別の連続殺人ではない、
明らかに同一犯による、標的を定めての犯行だ。
三本ギャラリーの本谷の顔が浮かぶ。
本当に全て彼女がやったことなのか?いや、彼女一人とは限らない、他に仲間がいるのかもしれない。
そして、そもそも、連続で標的にする『動機』とは何なのだ?
『呪いの絵だよ』
阿木島のセリフがまたリフレインする。
呪いが動機だと?本当にそんなことがまかり通るのか。呪いに突き動かされて犯行を行うだと?
事実、絵が笑うと起きる殺人。
それが、引き金となり起こる殺人。
絵が笑うことが呪いというのならば、
まさにその呪いに支配されての犯行なのか。
絵が笑う度に、かつての絵の所有者が一人、
また一人と殺害される。
所有者……。
待てよ、だとすると、
昨日殺害されたホームレスも所有者ということになる。
それだけじゃない、2週間前に同じく殺害された配管工も所有者ということになるのではないか。
ホームレスと配管工、この2つの点は絵にどう繋がる?絵の売り主と買い主のように、簡単に結び付く点ではあるまい。
「推理してるのね?」
そう言われ、ハッとして羽多野を見る。
羽多野はニヤニヤと笑みを浮かべながら俺を見ていた。
どうやら俺は目の前いる羽多野にお構いなしに、押し黙り突っ立ったままで、あれやこれやと考えていたようだ。
「いいのよ、何か私の言ったことが役に立ったのなら嬉しいわぁ」
そう言って羽多野はルージュタワーを見た。俺もそれに倣うように見る。
ルージュタワー……。
赤……。
……。
……なるほど、そうか!
「一つ教えて欲しいのですが、あのルージュタワー、いつあの色に、あの真っ赤な色に塗り直されたのか、覚えていませんか?」
「いつ?そうね、オーナーが変わって挨拶に来たのが数ヶ月前でしょ、その後、すぐにビルに足場を組んで、覆いをして、作業が始まったの」
「2ヶ月以上は前ですか?」
「う〜ん、はっきり覚えてないけど……、あっ、そうそう、確か足場を組む作業の初日、雨が降っててね、その時思ったの、梅雨時の作業は大変ねぇって」「ありがとうございます」
羽多野が言い終わる前に俺はそう言った。
それで充分だった。
今は10月、梅雨時となれば、6月か7月、間違いなく2ヶ月以上前のことになる。
「何かわからないけど、それが犯人逮捕につながるのね!でも、あれでしょ、相手はヤクザでしょ、くれぐれも気を付けてね」
羽多野は未だ抗争だと思っている。だが訂正はしないし、訂正する必要もない。警察の重要機密事項だということはもちろんだが、もし羽多野に教えればたちまち皆が知る事実となりかねない。
「気を付けます、今日はありがとうございました」
とだけ手短に言うと、
俺は店を出ようと移動する。
「あら、帰るのね、どうか頑張って!」
羽多野の激励を背に受けながら、俺は店を出た。




