第五十一話
もう少し、その陶板画について聞いてみたくなった。だが逆に聞き過ぎると怪しまれる。
もう言うべき事は済んだと、立ち上がり去ろうとする阿木島を、俺は再度呼び止めるかどうか逡巡した。
絵の話をあれこれ聞くとなると、当然、何故そんな事を聞く?となるのは自然な流れだ。そうなると沢辺氏から絵を預かった話もしなくてはならなくなる。まだ阿木島にはその話はしていない。
もちろん馬鹿正直に話す事なく、はぐらかし、煙に巻く事はできるだろうが、それでは阿木島に不信感を持たれ、疑念が残る恐れがある。
それに、もし、その絵が、その陶板画が、阿木島の探している正にその物だとしたら、もしそうであるならば、その時、俺はどうするのだ?
その答えがまだ決まっていない。
そうこう考えている内に、伝票を持った阿木島はレジの前へと進み、奥にいるマスターを呼んでいた。
とにかく、まずはここを出た方がよさそうだ。
俺も立ち上がり、レジへと向かう。
阿木島がマスターと何やら話をしていた。
「それにしても、常連を2人も失って、残念ですねぇ」
「ええ、まぁ……、よくお二人でお見えでしたからねぇ、嘘のようです」
無遠慮な様子でずけずけとそう言う阿木島に対して、マスターは俯き力無く答えていた。
白髪混じりで60代半ばの小柄なマスターだが、
その小さい体がより一層縮こまって見えた。
「特に三本さんにはお店の商談の時に利用してもらったりと、色々と懇意にして頂いてましたから……」
阿木島に釣り銭を渡しながら、マスターはため息と共にそう言った。
三本ギャラリーからそう遠くはないこの喫茶店を、三本氏は商談などで利用していたようだ。それも常連と呼ばれるほどに。
?
いや、待てよ、今の会話、何か引っ掛かる。
そう、2人だ。
阿木島は確か2人と言った。
マスターもお二人でお見えになったと言っていた。
もう一人の常連とは、一体誰のことだ?
俺がそうこう思いを巡らせている内に、
会計を済ませた阿木島は携帯をいじりながら、
ドアベルの音と共に店外へと出て行った。
続いて俺の会計だが、その『もう一人』が誰なのか確かめてみたくなった。
千円札を渡しがてら、マスターにこう言う。
「本当に残念でしたねぇ、三本さん。
と、もうひと方、あれ?……えーっと?」
と言って、俺は喉の辺りを手でトントンと叩く。
「まだまだ物忘れが、という年齢ではないんですがねぇ、歳は取りたくないですねぇ、ここまで名前が出てるんですが、ははは」
その俺の様子を見て、
先ほどまで暗く沈み、青白くなっていたマスターの顔に、若干赤みが戻る。
「全くです、歳は取りたくないですね、ははは」
俺に釣られて笑い出すマスター、
そして、
「神山さんですよ」
(神山!?)
俺はそう叫びそうになる衝動を抑え、
にこやかに、そして平静を装う。
「ああ、そうそう、神山さんでしたね」
「あんな、良い人が何で死ななきゃならんのですかねぇ」
「そうですねぇ」
そうですね、と言うだけで精一杯だった、
今は何も言葉が出てこない。
マスターから釣り銭を受け取ると、
「ごちそうさま、また来ますよ」
そうとだけ言って、ドアに手をかけた。
カランカランとドアベルが鳴る。
そのドアベルの音がきっかけとなり、
少しだが気持ちの整理がつき始める。
俺は店の外に出た。
神山、そう、それはビルのオーナー。
今朝の新聞に出ていた3人目の被害者、
『神山光治』に間違いなかった。




