第四十八話
確かに何かあるとは思ったが、
まさかそんなこととは……、いや、待てよ、
「おいおい、藪から棒だな、
犯人って、そう、一体何の事件の犯人だ?」
阿木島の話を鵜呑みにするのは危険だ、
少し、とぼけてみせる。
「何の事件?お前はバカなのか、
事件ったらあの事件だよ、
そう、店主をやったのはあいつだよ」
俺は目を逸らさず、阿木島を観察している。
「でまかせじゃないだろうな?」
「でまかせ?まさか。
でまかせでこんな滅多なこと言えるかよ」
昭木島は再びソファにもたれかかると、
俺の出方を待っているようだった。
ふむ、確かに嘘ではないかもしれない、
質問に対して嘘をつく時は、
一度右上を見てから言う阿木島だが、
しかし、今回は一度も右上を見ていない。
俺が何も言わないでいると、
しびれを切らしたように阿木島が勝手に喋り出す。
「だがよ、確かに状況証拠では犯人に違いないらしいが、肝心の殺害方法がな。
それがどうも、やつら、腑に落ちないらしい」
やつら、とはもちろん警察のこと。
阿木島は、懇意にしている刑事がいる、
というのは聞いたことがある、
たぶん、その筋からの情報だろう。
確か死因は頭部損傷の脳挫傷だったと思う、
ならば殺害方法は鈍器で殴ったのではないか。
手頃なところでは花瓶かゴルフクラブなどが思い付くが。
「おい、今までの話はもちろん口外無用だが……」
そう言うと、阿木島は一旦喋るのをやめ、
周囲を見回す。
もちろん、店内に客はいないが、
それでも用心深く見回し、
さらにはカウンターの奥に引っ込んでいるマスターの様子をも確認した上で俺に顔を近づけると、
顔に右手を添え、内緒話をする様な声で続ける、
「……これから言う話は、犯人しか知り得ない、捜査上の最重要機密だぜ」
そう言うと、一呼吸置いて、さらに小さな声で、
「どうやらよ、鈍器で殴られたわけじゃないんだよ、コウソウらしいんだ」
「?……コウソウ?」
一瞬、言葉が、字が思い浮かばない。
コウソウ、コウソウ……、
構想、高層、香草、高僧、抗争……。
幾つか言葉が思い付くが、
どれも話の脈絡とは合わない、
唯一合いそうなのは『抗争』だが、
「抗争、何かの争いに巻き込まれた、とかか?」
試しに言ってみる。
「何だそりゃ、違うぜ」
阿木島が呆れたように言う。
確かに自分でも違うと思う。
「ま、確かに、聞き慣れない言葉だよな……」
阿木島はそう言いながら、テーブルの隅に置かれていた紙ナプキンを一枚取り出す。
そして、一体いつから着ているのか分からない、
すっかりヨレヨレとなったジャケットの
胸ポケットから手帳を取り出し、
そこに挟んでいたペンを引き抜くと、
紙ナプキンに字を書いた。
書き終わると、それの上下をひっくり返し、
俺の前に押し出す。
そこに書き出された文字、それは、
咬創
字を見ても理解が追いつかない。
俺のその反応をみて、
阿木島が咬み付く様なジェスチャーをする。
「咬む……、咬創か!」
阿木島が口に人差し指を当て、
「しっ!声がデカイぜ」
俺を窘めた。
殴られたものではなく、咬まれたもの、
その事実に俺は、
「気味が悪いな……」
思わずそう口にしていた。




