第三十九話
手帳を眼前へと持ってきた俺は、
昨日の対談を思い出しながら、
その中の記述を一つ一つ確認していく。
やがて、その中に書かれたある記述に目が止まった。
2週間前 動き始める 今ぐらいの時間
一瞬の硬直の後、俺は手帳をデスクへと放り投げると、
壁際の新聞ストッカーへと飛びかかる。
先ほど新聞を抜き取った場所は、
少しばかり上下が開き空間が出来ていたので直ぐに分かった。
俺はそこに指を突っ込むと、
そこから下へ「1、2、3……」と新聞を繰り始めた。
「4、5、6、7……!」
カウントダウンのような心境だった。
俺は7まで数えた後に一つ息を吐くと、
その後一気にその7番目の新聞を引き抜いた。
破れこそはしなかったが、
荒々しく引き抜いた為、新聞はくしゃくしゃになった。
しかし今はそんなことはどうでもよかった。
俺はそのままその新聞を床へ置き広げると、
三面記事を食い入るように見つめ、事件の記事を探した。
まだ最初の事件ということもあり、
それほど大きくは出ていなかったものの、
直ぐに見つけることが出来た。
「やはり……」
俺はその記事の中に書かれていたある言葉を見て、
そう呟いていた。
俺の視線の先にあったその言葉とは『14時頃』、
それは犯行時刻のことである。
俺は床に広げた新聞をそのままにして立ち上がると、
今度は今日の新聞を見る為に再びデスクへと戻る。
デスクの隅に追いやられていた今日の日付の新聞を取り上げると、
同じく犯行時刻の部分を確かめる。
昨日の事件、1件目の時刻は正午頃、そして2件目の時刻は……、
『14時頃――』
これは果たしてただの偶然なのだろうか。
探偵業をしていると、
そのような偶然的な出来事をよく聞くのだと言っておきながら、
俺は今回のこの一致に対しては何故かひどく興奮していた。
一週間おきです…。
そう、大体、今ぐらいの時間に……。
沢辺氏の言葉だ。
二週間前からです、それが、動き始めたのは……。
沢辺氏の昨日の言葉が脳裏に甦ってきた。
そして今朝の言葉も……。
実は、昨日は二度も描いていたんです……。
沢辺氏のそれら発言の内容は、
奇しくも事件発生と全て一致している。
二週間前、そこから一週間おき、
そして、昨日は二度、正午頃と、14時頃……。
そしてそれも偶然とはいえ、
2人目の被害者が絵を扱う職業だったという事実。
符合。
つい今しがたまで全く関係ないと思われていた事柄が、
俺の理解の速度を優に越え、次々と符合してゆく。
しかしながら、事件と沢辺氏との言動が一致したとはいえ、
具体的にどのような関連性があるかについては、
未だ判然としないところはあるものの、
その一致をただの偶然として見過ごせない、
強烈な印象があることだけは確かだった。
俺は軽いめまいを感じ、そして狼狽し、
両の手のひらを顔に押し当てた。
状況がすぐには飲み込めない、
どうすればいいのか分からない。
これは、そう、まるで演劇を見ていた観客が、
突然舞台に上げられてしまったかのような感覚だった。
いや、それならまだましだ。
その観客は例え舞台に上げられたとはいえ、
直前まで同じ劇場の観客席にいたわけであり、
少なくとも今自分がどういう状況におかれたかについては、
直ぐに理解できるだろう。
しかし今回の俺のケースはそれを遥かに越えている。
言うなれば、舞台に上げられた俺は、
その直前まで観客席どころか劇場内のどこにもおらず、
そもそも演劇など観るつもりもなく、
ただ劇場の前の道を歩いていただけで、
突然、拉致同然に連れ去られたかと思うと、
劇場内に連れ込まれ、いきなり大観衆の前の舞台上に立たされ、
訳が分からないままに演技を強要されているようなものなのである。
事件が、そして悪意が、
どこか俺の与り知らないところで蠢き渦巻いていた……、はずだった。
絵ガ笑ウト、人ガ死ヌ。
実際には事件は、そして悪意はヒタリヒタリと足音を忍ばせ、
無関係と思っていた俺の直ぐ側に、
気付いた時にはもう俺の直ぐ側まで来ていたのだった――。




