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絵が笑うと人が、死ぬ。  作者: 桜町雪人
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第三十三話

面会室のテーブルの上に置かれたままの絵。


今朝、確かにその絵に魅入ってしまっていた、

というのは紛れもない事実だ。


もちろん、

この僅か数時間の眠りで、

それを忘れてしまったとは言わない。


だが、俺はその絵に再び魅入るつもりはないし、

そして魅入ってしまうこともないだろう。


冷静になって考えてみれば、

俺がその絵に魅きこまれてしまう要素など、

どこを探しても見当たらないからだ。


実際のところ、絵に魅入っていたのではなく、

ただ熱のせいで絵を見ながらぼーっとしていた、

と考えれば充分説明が付く。


空白の10分間の謎など、

よくよく考えてみれば案外あっけないものだ。


今朝の俺は全く浮き足立っていたと言える。


それは熱から始まり、

沢辺氏の突然の来訪、そして予想外の絵の保管依頼……、

それら要因が複合的に重なって、思考を鈍らせていたに他ならない。


今再び絵と向かい合った俺は、

至って平常心でもって絵に対していた。


俺は絵を誤って落とさぬよう充分に注意を払いながらも、

両手でそっと抱え込むようにして丁重に持ち上げた。


陶器のひんやりとした感触が手のひらに伝わってくる。


感じるのはその陶器の冷たさだけ、

絵の内容に対しては何も感じることはなかった。


それが正しい反応なのだ。


その後、俺はしばらく絵を眺めていたが、

今回は絵を眺めていた実際の時間と、

自身の時間的感覚とに差が生じることがなかった、

ということは言わずもがなのことである。


今朝からどうも調子の鈍っていた俺の思考、そして感覚は、

ここにきてようやくまともに働き始めたようだ。


俺は絵を手に持ったまま、

事務室へとゆっくりと歩き出す。


絵を事務室にある金庫へとしまうためだ。


歩みがゆっくりなのは、

この絵が紙や布ではなく陶器であり、

もし万が一落としでもしたら、

取り返しのつかないことになるからだ。


そうであるが故に、

俺は一際慎重に歩を進めていたのだが、

面会室との衝立を越え事務室へと入ったところで、

それは起こってしまった。


一瞬注意が足元ではなく、

その先にある金庫の方へといったその刹那、

床に散らばったままになっていた広告の一つに、

まんまと足を取られたのである。


それは今朝方、

ベッドへと転がり込む直前に、

朝刊を事務室のデスクへと放り投げた際、

そこから抜け落ち床に散らばっていた広告であった。


「……う!」


それは紙一重だった。


体勢を崩したといっても、

さすがに転んでしまうまでには至らない。


だが、手のひらの上に軽く乗せるようにして持っていた絵は、

その持ち方が災いして、

危うく落としてしまいそうになったのである。


「ふ、ふ……ふうっ」


俺は今も無事に手の中でしっかりと握り止められている絵を見て、

安堵のため息とも笑いともつかぬ息を吐き出した。


寸でのところで反応してくれた俺自身の両の手に、

今は感謝の気持ちでいっぱいだった。


俺はさらに強くしっかりと絵を握り締める。


なぜ握りしめたのかは、

それは一瞬にして吹き出た手のひらの冷や汗で、

今度はそれによって、

再び絵を取り落としてしまいそうになったからである。


「……ん?」


そうして絵を強く握り締めた時、

俺はあることに気付いた。


絵に接している手のひらの感触が、

右と左とで微妙に違っていたのである。

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