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絵が笑うと人が、死ぬ。  作者: 桜町雪人
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第三十話

数回のコールの後に、

事務員らしき女性が出た。


不配が2日連続も続いたのである、

ここは文句の一つでも言ってやりたいし、

当然その権利が俺にはあるはずである。


だが、

俺は特にそういうことは言わず、

ただ届いてなかったとだけを告げると、

平謝りな事務員の声を適当に受け流し、電話を切った。


かえって何も言わないことの方が、

怒りを相手に伝えるのには有効な場合がある。


下手に声を荒げ、

安っぽい雑言を並べ立てても、

それは怒りを伝えるどころか、

売り言葉に買い言葉、俗に言う「逆ギレ」を招きかねない。


世の中、権利があるからと言って、

だから何でも言って良いというものではない。


ことさら他人との直接的な対話においては、

時と場合とをよく見極めて判断しなければならない。


などと俺は一人、

調査時における交渉術についての鉄則やら何やらを、

ブツブツと呟き反芻しながら階段を上って行った。


新聞が来るまでにはまだ後、十数分はかかるだろう。

事務所に戻った俺はそれまでにすることとして、

沢辺氏の絵を金庫にしまうことを思い付いた。


氏の持ってきたその絵は、

面会室のテーブルの上に置かれたままになっている。


俺はテーブルの脇に立ち、

その絵を上から見下ろすようにする。


しばらくそうやって絵を見つめていたが、

やがて俺は顔を上げふうっと息を吐いた。


大丈夫だ。


絵を見つめ続けたからといって、

心がざわつくような感覚は全くない。

俺の心は穏やかなままだった。


沢辺氏のように、

狂気を帯びるほどにその絵の虜となってしまう、

その絵の魅力に、いや魔力に、心が囚われてしまう、

といったことは俺には起こらなかった。


そうなのだ、その絵自体に「魅力」「魔力」といったものはない。


沢辺氏の目が、心が、

自身でそういう物を創り出し、

そしてそれを見て、そして感じている。


それは氏自身の心の問題、心因性によるものなのだ。


正直なところ、

この絵の前に立ちそして見つめるという行為には、

氏の狂気を思い浮かべるに、躊躇いがあり、勇気が要った。


だがそれは、

どうしても一度は確認しておかなければならないことだった。


しかし、終わってみれば何のことはない。

やはりというか所詮というか、

その絵自体には何もない、

ただの抽象画に過ぎなかったのだ。


自然と安堵の笑みがこぼれる。

そう、何も恐れることは無かったのだ。


その後、金庫にしまうべく絵に伸ばした俺の手には、

もはや躊躇いも無ければ、勇気も必要なかった。


俺の手がまさに絵に触れようかどうかというその時、

部屋にインターホンの音が鳴り響いた。

どうやら新聞屋が来たらしい。


「ん……、来たか……」


俺はそう呟くと、

絵はひとまずそのままにして、

玄関口へと歩き出した。


それにしても早かったな、

昨日はもう少し遅かったような気がしたが。


ああ、そうか。


さすがに2日連続はまずいと思ったのと、

先ほどの電話での俺の態度が効いたのだろう、

急いでやって来たのに違いない。


俺はドアの覗き窓から、

確かに相手が新聞屋であることを確認すると、

鍵を外し、そしてドアを開けた。

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