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絵が笑うと人が、死ぬ。  作者: 桜町雪人
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第二十八話

俺は下まで沢辺氏を見送ろうと思い、

氏の後に続き、階段を下りた。


下りてから気付いたのだが、

氏はタクシーで来ていたらしい。

ちょうどビルの目の前にタクシーが停められていた。


タクシーの運転手は、

ビルから沢辺氏が出てくるのを確認したらしく、

後部座席の自動ドアをタイミングよく開いた。


ドア越しに運転手の風体が窺えた。

かなり年配の運転手だった。


リストラの転職組でなければ、

おそらく長年この辺りで運転手をしてきたのだろうが、

このビルに用のある人間を乗せたのは、

今回が初めてだったのかもしれない。


その運転手の目は好奇に満ちていた。

風体を窺っていたのは向こうも同じだったようだ。


表通りから離れた路地裏、

それにこんな薄汚い雑居ビルに、

朝っぱらから果たして何の用事だろうか、

それにこのビルにはどんな住人が居るのだろうか、

とでも思っていたのだろう。


俺は、これ見よがしに磨かれピカピカのタクシーの車体と、

俺の住んでいるこの薄汚れたビルの壁面とを見比べてしまい、

何やら少し卑屈な思いがした。


そうこう思っているうちに、

沢辺氏はすでにタクシーへと乗り込んでいる。


窓は開いていなかったので、

はっきりとは聞き取れなかったが、

読唇術を会得していなくともそれは解った。


「よろしく、お願い致します……」


沢辺氏のその言葉と重なるように、

タクシーは表通りに向かって緩やかに発進して行く。


去り際の窓から垣間見えた沢辺氏の顔は、

もう俺ではなく別の方向へ、上方へ向けられていた。


上方、それはビルの2階、俺の事務所だ。


氏はその2階に向かって、

一瞬何かを喋っているように見えたが、

もうさすがにそこまでは、

読唇術を会得していない俺では無理だった。


俺はタクシーが先の角を曲がり、

そして見えなくなるまで見送るとビルへと戻った。


別れの言葉だな。


沢辺氏が最後に放った一言は、

おそらく絵に対する別れの言葉だったに違いない。


俺はそんなことを考えながら、

ビルのガラスドアを引き開けた。

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