第二十七話
……別人だと?
ならばそれは一体誰だというのだ。
例の男だとでもいうのか。
沢辺氏の頭の中に住むという、
その男だとでもいうのか。
その男が沢辺氏の内側から外側へと、
現出してきたとでもいうのか。
馬鹿な。
全くもって馬鹿げた話だ。
そんな荒唐無稽なことを、
一瞬とはいえ考えてしまうとは、
俺は本当にどうかしている。
しかしこれは俺の知らない間に、
氏が俺に何やら得体の知れない催眠術のようなもの、
そのようなものを施しているのだとすれば、
まさかこれはその兆候ではあるまいか……。
……いや、それは考えすぎか。
何やら先ほどから、
一様に考えが飛躍してしまうのは、
ただ、沢辺氏との会話中には忘れていた風邪による熱が、
また強くぶり返してきただけのことかもしれない。
確かに体の芯は熱を帯びて熱く、
そして頭の奥は痛みすら感じるほど重く、
ややもすれば立ちくらみしそうになる。
発熱、ただそれだけのことだ。
そう思い直した後に再び見た沢辺氏の顔は、
別に誰の顔でもなく紛れもない沢辺氏本人の顔だった。
氏は未だ笑みを湛えたその顔と、
俺への視線はそのままに軽く頭を下げてきた。
そう、何もおかしくなかったのだ。
違和感と思えたこちらへの視線も、
そして浮かべた笑みも、
出口を前にして改めて俺にしようした挨拶、
その予備動作だったと認識すれば、
何もおかしなところはないのだ。
そう、何もおかしくはない、
疑心暗鬼にもほどがあるということだ。
俺は沢辺氏と同様、
笑みを浮かべ会釈を返した。
ただその笑みの内容が愛想笑いではなく、
苦笑いのだったという違いはあったが。
氏はそれに対し、
もう一度笑みを浮かべ深々と俺に対し頭を下げた後、
ドアへと向き直りドアノブへと手を掛けた。
金属製のドアが緩慢に押し開けられていく。
氏はそこで敢えて振り向くことはなかったが、
その動作が「去り難し」という、
氏の心を代弁しているようであった。




