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絵が笑うと人が、死ぬ。  作者: 桜町雪人
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第二十四話

まさにこれこそがオウム返しか。


いやいやそう洒落ている場合ではない。

これは重大なことだ。


俺は驚きのあまり未だ半開きとなっていたそのだらしない口を、

きっと真一文字に引き締めると、

腕を組み、そしてソファの背もたれへと体を預けた。


それは拒否。


その姿勢でもってして、

やんわりと氏に対して拒否の意を表したつもりだったが、

氏は構わず食い下がる。


「どうか、預かってください……、そうでないと、私はもう……」


沢辺氏がそう言い終えるのと同時に、

何やらカチンカチンカチンと、甲高い音が聞こえ始める。


音の出所は探すまでもなかった、

その『絵』から、だったのだ。


震える沢辺氏の指が、爪が、

その絵の、その陶器の絵の表面を、叩き始めたのだ。


しかし氏は、

その音に構う様子も無く、

無言のまま、さらに俺の方へと絵を押し付けてくる。


無言の圧力。


いや、無言ではない、

それ以上に音の圧力がある。



カチン、カチ、カチ、カチン、カチ。



俺はその音を聞き、

ふと思い出したことがあった。


昔、子供の頃だったか、

飯の支度を待つ間に、

空の陶器茶碗を箸で叩いて楽器のようにして遊んだことがあるが、

その時は親に、そんなことをしていると貧乏神が来るぞと、

ひどく怒られた記憶がある。


陶器茶碗を叩けば貧乏神が来るらしい、

ならば同じ陶器は陶器でも、

それが絵画ならば、一体、何が来るのだろうか……。



カチン、カチン、カチ、カチ、カチ。



何故急にそんなことを思ったのかは解らない、

ただ目の前に突きつけられたその現実から、

一時的とはいえ、逃避したかっただけなのかもしれない。


気付けば俺は、

天井の薄茶色のしみをぼんやりと眺めていた。


俺がそこまで思い悩むほどに、

絵を預かることを拒否するのには理由がある。


それは、セキュリティの問題だ。


もちろん職業柄、

調査に関する大事な書類、調査資料などに対しては、

万全を期しているつもりだ。


特に大事なものに関しては、

常に身に付けている、と言っていいだろう。


パソコンでも一部管理はしているが、

俺は、たとえどんな優秀なセキュリティソフトを入れようが、

パソコンは必ず誰かに見られてしまうもの、と理解している。

ネット経由もあるだろうし、

第三者が事務所へと忍び込み直接操作するかもしれない。


よって、特に重要なデータは残さないし、打ち込まない。

あくまでパソコンは情報を得る為の一ツールに過ぎない。


重要事項は基本的に、

ICレコーダー、及び、暗号を組み込んだ筆記メモのみ。


それらだけならば、

身に付けることも、持ち歩くことも不可能ではない。


だが、長年探偵業をやっていると、いつまでもそうはいかない。

ICレコーダーの記録は必要な物は書き起こし、

その後データは上書きできるが、紙に筆記したメモ類は溜まっていく。


そこで登場するのが、

この探偵事務所立ち上げの際の備品調達で、

一番金が掛かった代物、耐火金庫だ。


総重量は175キロと耐火金庫の中では軽い方であり、

しかもオーソドックスなダイヤルロックタイプだが、

メモ類をしまっておくには、

しかも暗号化されたメモ類をしまっておくには、

それで充分といえる。


そう、そうなのだ。


暗号化されたメモ類だけならばしまってはおけるのだが、

それ以外のものをしまうには、

沢辺氏から預かったその絵画をしまっておくには、

いささか心許ないといえる。


基本、俺が調査に出ている間は、

この事務所は無人となる。


だからといって、

特段、テレビCMでお馴染みの警備会社などに、

防犯をお願いしているわけではない。


そう、防犯上、セキュリティの問題だ。


盗難の危険性、

そして耐火といえども火災、天災の危険性が完全に無いとはいえない。

俺が絵画を預かりたくないのは、

セキュリティの問題なのだ。


……と、建前ではこうなる。


しかし、預かりたくない本当の理由はもっと別のことだった。


天井から再び沢辺氏へと視線を戻した俺の目には、

もう我慢できないといった様子で絵を机の上に置くと、

先ほどと同様、両手で頭を抱え込み、

今度は激しく頭を撫で回す、沢辺氏の姿が映ったのだった。


その沢辺氏の姿は、

俺が絵を預かりたくない本当の理由を、

もっとも端的に表していた―。

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