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絵が笑うと人が、死ぬ。  作者: 桜町雪人
20/62

第二十話

― 5 ―


俺は目覚ましのスイッチを切った。

だが、到底起き上がろうという気にはなれなかった。


事務室にある粗末な簡易パイプベッドの上で、

俺はモゾモゾと寝返りを打とうとしたが、

それすらも億劫だった。


何やら頭が重い。

それだけでなく、体は熱っぽく、関節の節々が痛む。


そうだ、これは風邪だ。

どうやら俺は風邪をひいてしまったらしい。


当然かもしれない。


結局あの後、

傘も差さずにあの雨の中を歩いて帰ったのだから。


雨に打たれたい気分だった、

と言えば格好良く聞こえるかもしれないが、

やはり物事には限度があるということを改めて痛感する。


テレビや映画のようにはいかない。


テレビや映画では雨に打たれるシーンがあったとしても、

その役者にはその後、暖かいシャワーと乾いた着替えが用意されてあり、

体を冷やさないようにと暖房の効いた部屋があてがわれているのだ。


そういう裏の部分があることを知らず、

皆、見た目の表面的なことばかりを真似したがり、

そして痛い目に遭う。


これは何も「雨に打たれる」ということだけの話ではない。


世の中、全てにおいてそうなのだ。

光の当る表があり、陰の中の裏がある。


そう、それなのだ。


俺はそういう、裏の部分をもっと知りたかった、

だからこの『探偵』という稼業を選んだのだった。


今から8年前、30になったのを境に、

それまで7年余り勤めてきた仕事を辞め、

いわゆる脱サラしてこの探偵事務所を立ち上げた。


まぁ、この8年間、決して順風満帆とは言えなかったが。


立ち上げ当初に借りた借金が、

未だそのほとんどを返済出来ていないという事実が、

そのことを何よりも物語っている。


それは調査員は自分一人だけの小さな所帯、

当然のことながら大掛かりな調査を引き受けることはままならず、

事業としての収益などは無いに等しいからだ。


だが、俺は誇りを、プライドを持ってこの仕事をやっている。


少しでも自分なりに、

この世の中の裏の世界というものを垣間見、

そして明らかにしていきたい。


その手段としての探偵業。


一見、外見は普通そうに見える依頼人、だがその心の内に抱える闇。

その闇を通してこの世の中というものを少しでも暴いてみたい。


俺がしたいことはそれなのだ、決してお金ではないのだ。


最近、巷で台頭している営利目的の探偵業とは、

俺は一線を画しているつもりだ。


事務所のビルを飾り立てるような、

大々的な看板を掲げたりしないのもその為だ。


……。


まぁ、しかしながら看板に関してだけ言えば、

『お金』の問題だと言えないこともないのだが……。


ビルを飾り立てるようなものでなくとも、

せめて看板の一枚でも出したいという気持ちがないわけではない。


やがて、資金繰りに余裕が出来れば、

それだけは何とか実現させたいとは思ってはいるが……。


少し話が逸れたが、ともかく、

探偵業こそが俺の生きている証であり、それが矜持。

こんな風邪ごときにうなされているようでは駄目なのだ。


俺は自らを奮い立たせるようにベッドから起き上がる。


だがやはり、立った途端に視界は歪み、

当然のように意識はぼやける。


だが、そうは言っていられない。

何故ならちょうど俺が起き上がるのと同時に、

この事務所への来客を知らせるインターホンの音が、

この部屋中に響き渡ったからであった。

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