表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絵が笑うと人が、死ぬ。  作者: 桜町雪人
19/62

第十九話

俺はその後、スズミとか言う、

同じくストリートミュージシャンにも話を聞こうと試みたが、

これは徒労に終わる。


先ほどのヒロノリとは実に対照的で、

無口と言うか、何と言うか。


たまに何かをボソボソと喋るのだが、

何を言っているのかはよく分からない。


そればかりか、

歌が会話だとでも言わんばかりに、

急に歌い出したかと思えば、

それっきり全く終わる気配がない。


俺は何やら辟易してしまい、

その場をそそくさと立ち去る。


色々なタイプがいるものだ。


その後も俺は数人に話を聞いてみたが、

最初に聞いたヒロノリ以上の話は誰からも聞けなかった。


ストリートミュージシャン同士ならいざ知らず、

絵の露天商という違うジャンルからか、

特に挨拶もなく「ああ、居るな」というくらいで、

誰も買うどころか、会話をした者さえいなかったのだ。


故に聞き込みといっても、

ただ半年ほど前からいて、2ヶ月ほど前から姿を見ていない、

という程度の話を聞くのがやっとだった。


まぁ、これは沢辺氏の話と一致しており、

それの確認にはなったが。


そして今、俺の目の前にあるそのスペース。

そここそがその絵の露天商が座っていたという場所だった。


その場所もヒロノリら他のストリートミュージシャンと同じく、

店舗間にある小道である。


軽自動車がやっと通れるほどしかない道幅のそこには、

今は誰も座ってはいなかった。


俺は何か手がかりはないかと辺りを調べてみたが、

ふと壁に、いわゆる店舗の側壁の部分なのだが、

ある張り紙がしてあることに気付いた。



『ストリートミュージシャン諸君!

近隣住民の安眠を妨げるな!!』



油性の太ペンで書き殴るように書かれたその文字からは、

書いた人の怒りの感情が容易に想像できた。


紙は黄ばみ、所々が剥がれかかっていたが、

むしろそれさえも貫禄に感じられた。


張り紙の上の壁面を見上げると、そこに古ぼけた窓がある。


部屋から漏れ出る豆球とおぼしき光が、

窓のガラスを飴色に染めていた。


どうやらこの店舗では、

1階が店で、2階が居住スペースになっているらしい。


なるほど、で、安眠を妨げるな、だ。


おそらくその窓から怒鳴り散らしたこともあったのだろう。

張り紙までしてこの小道からは、

絵の露店のような、いわゆる『音』の出ないもの以外を、

完全に締め出してしまったというわけだ。


それは紙の黄ばみから考えて2年前から、

この界隈にストリートミュージシャンが現れ始めたという、

2年前からのことなのだろう。


これはヒロノリから聞いた話だが、

今から2年前、このみなみ平盛アーケード街で、

プロにスカウトされメジャーデビューした者がいるらしい、

という噂が街に広がったのだそうだ。


それ以来、同じ夢を見る若者たちがここにどっと押し寄せ、

連日連夜十数人がそれこそ大合唱のような形で、

歌声を響かせていたらしい。


結局、プロデビューの噂は全くのデマで、

その大半は去ってしまったのだが、

それがきっかけでここは一種の名所のような感じとなり、

今でも数名が細々と歌い続けているのだそうだ。


そしてその歌声を聴きに、

今でもちらほらと若者らが訪れる。


俺が最初なぜ露天商がわざわざ、

こんな寂れたアーケード街で店を開いたのか、

と思ったのは全くの考え違いだったのだ。


確かに居並ぶ店舗自体は古くとも、

まだ通りとしては廃れてはいなかった。


今でもココは人通りがあり、音楽もある、

そして若者らが少なからずココを訪れているのだ。


絵の露天商はそういう活気に惹かれ、

ここで店を開くことを決め、そして商売を始めた。


半年前から。


それから数ヶ月後、客の一人として沢辺氏が現れる。

そして『男の絵』を購入していった―。


しかし何故かその後まもなく、

絵の露天商はこつぜんと姿を消す…。


俺はその露天商が座っていた、

と思われる地面をしばらく見つめていたのだが、

やがて、再び雨が降り出してきたことに気付いた。


ポタリポタリと地面を叩く雨粒は、

まもなくその数を増やし始め、激しさを増してゆく。


「本降り、か…」


天を見上げ呟いた俺のその一言は、

アーケードを叩く雨音にかき消された。


周囲を見渡せば、もう誰の姿も見えない。


腕時計を見る。

いつの間にか日付が変わっていた。


アーケード街との暗黙の取り決めで、

深夜0時以降は歌わないという決まりがあるらしい。


数名いたはずの彼らストリートミュージシャンも、

もう既に何処かへ去ってしまったようだ。


俺はアーケード街に一人佇み、雨を見ていた。


篠突く雨の中を街灯の光がはぜ、乱反射している。

雨はその強さをさらに増していくかのように見えた。


それは、『臭い』を洗い流す。


露天商の手がかりを、足跡を、そして臭いを、

まるで洗い流していくかのようにも見えた。


「今日は、ここまでだな…」


踵を返しながらそう呟いた俺の声は、

同じく雨音に洗い流され、そしてかき消された―。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ