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絵が笑うと人が、死ぬ。  作者: 桜町雪人
14/62

第十四話

― 4 ―


雨が降っていた。


いつから降り出したのかはわからない。


しかし、路面は全て雨に濡れ、

ところどころに水溜りが出来ている。


「ありゃ!雨だとぉ~!

 くそっ!また町川にだまされたぜ!」


「町川?」


「ああ、町川。気象予報士。

 テレビで天気予報やってるやつだよ…」


そう言うと阿木島は、

やりどころのない怒りをどうすべきかと、

何やらブツブツと呻きながら恨めしげに天を仰ぐ。


おそらく、阿木島とその町川という気象予報士とは、

テレビで一方的に知っているだけで、全く面識がないのだろう。

だが、まるで知り合いであるかのように言う阿木島が何やらおかしく、

俺は思わず笑ってしまった。


それをキッと睨み返すようにして、阿木島が言う。


「へっ!なに笑ってやがる。

 お前だって傘持ってきてねぇじゃねぇか」


「まぁ、確かに…」


俺は笑うのを止め、阿木島と同じく天を仰ぎ見た。


雨粒が数滴、目に入る。


そういえば近頃は、

昔ほど酸性雨がどうのこうのとは聞かれなくなったが、

果たして今はどうなのだろうか。


入った雨粒は、少し目に沁みたように思えた。


俺は雨を避ける為に一歩後ろへと下がると、

今出てきた飲み屋の庇の下に入る。


時刻は23時を回っていた。


時刻のせいか、それとも雨のせいか、

飲み屋街であるはずのこの辺りでさえも、

もう人の通りはまばらだった。


あれから、2件ばかり梯子酒をした。


昼間からの何やらモヤモヤとした俺の心の中も、

少しは晴れたように思う。


仕上げとして、

この雨が全てを洗い流してくれればいいのだが…。


まぁ、そうはいくまい。


「さて…」


俺は同じく庇の下に身を寄せていた阿木島へと向き直ると、

「それじゃ、これで…」と言いかけて、思わず言葉を飲み込んだ。


何故ならそこには、

先ほどまでの馬鹿話をしていた阿木島とはまるで別人のような、

神妙な面持ちの阿木島がいたからだった。


その表情からは、まるですっかり酒も抜けて、

素面であるかのようにさえ見えた。


阿木島はそんな様子で、そぼ降る雨を見つめながら、

何かを思い詰めたように、じっと佇んでいる。


俺は少し驚いてしまった。


あの厚顔無恥であり、なおかつ豪胆であり、

悩み事など一切無い、というような阿木島が、

よもやこのような表情をするとは、思いもしなかったからである。


俺は一瞬「悪酔いしたか?」と、

茶化そうかとも思ったが、それは出来なかった。


例え阿木島であっても、その様に思い悩むことはあるのだ。


それに、酒で一時的に忘れようとしていただけで、

俺の心の奥底も、今の阿木島とそう変わらないのではないか。


そう、俺も同じ…。


その後、店から新たに出てきた他の客に押し出されるように、

俺たち二人は雨の中へとはじき出されると、

別れの挨拶もそこそこに、お互い駆け出していた。


俺はしばらく駆けた後、

一旦雨宿りをするべく、

シャッターを下ろした店の軒先へと駆け込む。


雨は少し小降りになったようだが、

やはりまだ傘が無いと辛い。


俺はしばらくそこで雨宿りをしながら、

ぼんやりと今日一日のことを思い返してみる。



まず、昼過ぎに事件現場に遭遇。


その後、沢辺氏が来訪、依頼を引き受ける。


そして、また事件現場…。



そこまで思い返して俺は鬱になった。

2度も凄惨な事件現場を見たからだろうか、いや、そうじゃない。


やはり、沢辺氏だ。


結局、阿木島には沢辺氏の件は話せずじまいだった。


俺が話すその前に、

阿木島自身が門前払いをした時の話をされたから、

というのもあるが、それだけが理由じゃない。


俺が実際に見てしまった『絵が動いた』という現象を、

どう説明すべきか迷ったからだ。


トリックか、はたまた本当のことなのか…。


沢辺氏の言葉が蘇る。


『その露店商にもう一度会って、絵の由来を確かめたいのです。

 そうすれば、この奇怪な現象を止める手段がわかるかもしれません…』


これだけを聞けば、あたかも本当のようにも思える。

それに実際、俺も見てしまったのだから…。



俺は背筋をブルリと振るわせた。


冷えてきた。


トレンチコートの襟を寄せてから、一度空を仰ぎ見る。



しかし、こうも考えられないだろうか。


沢辺氏がわざとトリック仕立てにして、

俺を躍起にさせようと発破を掛けているのだと。


なぜそこまでして発破を掛ける必要があるのかはさてとしても、

そのように考えることは出来るはずだ。


そうなのだ。


俺が今回この依頼を引き受けた理由は、

その考えに依るところが大きい。


何としても沢辺氏に、

俺が見たものはトリックだと認めさせたい。

そして一刻も早く、未だ心の奥底に渦巻いている、

あの絵の『笑い顔』を払拭したい…。



『笑い顔』―。



俺はそう思い至ると、やもたても堪らなくなり、

降りしきる雨の中へと飛び出していた。


もちろんその行き先というのは、

露天商があったという、例のアーケード街である。

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