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絵が笑うと人が、死ぬ。  作者: 桜町雪人
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第十一話

俺は何やら気分が悪くなってきた。

まるで催眠術にでもかけられたようだ。


トランス状態とでもいうのか、

まるで催眠商法に陥った買い手の心理のようにも思える。


心のどこかでは間違いだと気付きながらも、

その場の雰囲気にのまれ正常な判断が出来ない。


この時の俺は、まさにそうであった。


沢辺氏の話術、パフォーマンスに、

すっかり引きこまれてしまっていたのだ。


だが、幸い理性のカケラは、まだ残っている。


当然だ。


そうホイポイ人の話を信じ、丸飲みし、

アジられるようでは、到底探偵としてはやっていけない。


まず『疑うこと』から始める。


それは警察がそうであるように、

探偵にとってもそうであるのだ。


俺はその『疑うこと』の精神を頼みに、

心に強く言い聞かせる。


これは冗談だ、所詮たわ言に過ぎないのだ、と。


俺は催眠術を打ち破るように、絵から力強く顔を上げると、

依然うな垂れたままの沢辺氏を睨むように見つめる。


だが、眉間に寄せたシワは、

やがては徐々に解いていかざるを得なかった。


それは沢辺氏が、何やら哀れに思えてきたからだ。


確か、43とか言ったかな。


俺は手帳に視線を落とし、冒頭での質問を確認した。


今は単身赴任だが、家族が4人。

妻と子供が2人、か…。


お気の毒だな。


年齢的にも今は働き盛り、

それにこれからは子供の養育費もかかるだろうに。


俺はゆっくりと手帳から視線を上げ、再び沢辺氏を見た。


よく見ると頭頂部付近が薄くなりかかっているのに気付く。

歳のわりに老けて見えたのは、その為かもしれない。


俺は思った。


阿木島ばかりを責められないな、と。


何故なら俺もこれから、

沢辺氏に病院を勧めようとしているからだ。


ほぼこれは確信に近いものとして、

沢辺氏は決して冗談で言っているのではない、

これは『病気』だ、と理解した為だ。


しかしながら、病院を紹介する、というのは、

帰って頂く『言い訳』としては、決して良くはない。


だが、適当に言い繕って無下に帰すのではなく、

今の沢辺氏にとっては、それが一番良いことだと思えたからだ。


と、俺はそのように自分自身に対して言い訳をする。


もちろんそれはその決断に対して、

少なからずの引け目があったからなのだが…、まぁそれはともかく、

じゃあ、いつその話を切り出すべきか―。


俺は視界の端に沢辺氏を捉えながらも、

その言い出すタイミングを見計らうかのようにしながら、

再びその沢辺氏の描いた絵に視線を落とす。


再度描き足されたその絵は、

その抽象度を幾分増しているかのように見えたが、

まだ辛うじて描かれた人物の手や足や、そして顔などを確認できた。


しばらくはそのようにして、

何とはなしにそれらを目で追っていたのだが、

その内、ふと、ある事に気付いた。


ん?何だ?


俺は若干、上半身を乗り出すようにし、そして目を細めた。


…………、


これは…、


笑って…、いる―?


刹那、俺の脳内には、

沢辺氏のあの笑い顔が、鮮明なビジュアルとして蘇る。


そして再び、こだまする。



『実はここだけの話…、本当は住んでるんですよ、ここに…』



そして、続けて―、



『絵が、絵が動くんです!』



……!



俺は思わず、のけぞるようにして絵から視線を外す。

外した視線は、そのまま吸い込まれるようにして沢辺氏へと。


沢辺氏のうな垂れていた頭はいつの間にか起き上がっており、

顔の大きさに比べ若干小さめの目で、

こちらをじっと見据えていた。


その目に吸い込まれる。

そして、その目が語りかけてきた。



(やっぱり…、あなたにも見えましたか…)



なおも、目が語る。



(絵が…、絵が動くのが―)



それは同意を求めるように、救いを求めるように、

そして、哀れみを向けるように。


俺の手足は小刻みに震え始め、

やがて視界は、真っ暗になった―。

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