化け物になる方法③
エラーはそんなに精神が強くない。それでも仇を取るためだけに、死に物狂いで努力してきた。けれどいざとなると体は動かなくて、本当の目的は見失っていて。
「ずっと、防衛隊向いてないって言われてたんですけど、やっぱ向いてなかったんすよね…」
「それを、報告に?」
「……情けないですけど、警察で、自分のできる所からやってこうかなって」
「ふぅん」
「な、なんか、変ですかね……」
「いや、そうやって頭で考えて動く奴は、やっぱ異常者相手は厳しそうだなって思った」
本能で動く人間に、思考する時間は与えて貰えない。
ノイズが言ったのはただの感想だったが、それを聞いてエラーは目を丸くして、なるほど…と呟いた。
「……ノイズさんは、怖くないんですか?」
「……ん?」
「いくら死なないからって、前に出るの、怖くないんですか?」
突然の問いに、思考が止まる。そんな普通の人間に向けるような質問を、当たりまえのように聞かれても。答えようと頭が働く前に、アイルーが出てきてこちらに不審そうな目を向ける。
「どうしたんです?そんな間抜けな顔をして」
「あ、アイルーさん、報告終わったんですか?」
「ええ」
エラーは、今の質問に特に意味があった訳ではないのか、じゃあ俺はこれで、とノイズの少し頭を下げて隊長室に入っていった。
「……俺が怖いのは、一人になることだけ」
自分と一緒になって永遠を生きてくれる誰かさえいれば、自分は壊れずに済むのに。
「……私達は、あなたの仲間にはなれませんか」
静かな声が耳に届いて、ノイズはハッと意識を戻す。
「え、俺今声に出てた?」
「はい。思いっきり」
うわあ、と、誤魔化すのも忘れて頭を掻く。気持ちが散漫しているのかもしれない。ブラッドやバグの時と違って、煽って殺してもらおうなんて考えずに口に出してしまうなんて。
どいつもこいつも、ノイズを気にかけてくれる。なぜ放って置いてくれないのだろうか。どうせ、全員、俺の前からいなくなるくせに。その瞬間が、一番怖いのに。そんな瞬間、永遠に来てほしくないのに。
うざったい。
こういう気持ちは、否定せず、受け入れて、どこか適当に流してしまえば良い。
仲間、なんて。なれる訳がないだろう。お前らはどうやったっていつか死ぬんだから。
分かってる。あいつらは何にも分かっちゃいない。分かろうとしてくれてはいるが、ノイズが引いた線の内側には、来れる筈がない。
化け物と呼ばれて、閉じ込められて、たまに誰かが会いに来てくれる。そんな風にしてくれて良かったのだ。ブラッドの余計な世話などいらなかった。
だから言ったのに。
頭の中で、脳みそが煮えたぎる。
あれ、おかしいな、いつもなら、ここでまあいいやって、気持ちを切り替えて、彼等の優しさに甘えて、今だけの毎日を楽しく過ごそうと思えるのに。
「それで、ノイズにお願いがあるのですが」
「……なに?」
思考に呑まれそうだった意識が引き戻される。
今まで雑音と同化していたアイルーの言葉がハッキリと聞こえる。
「話、聞いてませんでしたね」
「……ぼーっとしてた。ごめん」
「彼を、あなたにお願いしたいのですが」
いつの間にか、アイルーの傍らにいた少年が漸く目に入る。彼はウィルスの所にいたのではなかったか。
「……あ、」
アンディ・バーボン。
化け物紛いの少年。
「……ほんとに、生きてたんだ」
少年はぼんやりとそう呟いた。
いけない。
咄嗟にそう思う。
「彼、大人が信用出来ないようなんですが、あなたなら……」
本物の化け物になら、この子供の傷が癒せるとでも言うのだろうか。
縋るような子供の目。同じ化け物の仲間を、求めるような。
「……」
同じ?いや、決定的に違うだろう。
ノイズとアンディは、相容れない存在。
どれだけ手を差し伸べようと、交わることはできない。
不甲斐ない。やるせない。それが、こんなにも苦しい。
「ノイズ?」
そう思い至ると、今までの自分が崩壊するのは、ほんの一瞬だった。
自分に一番近くて、そして遠い、存在。
「俺は、お前の仲間には、なれない」
無意識に声が零れ落ちる。
少年は真っ直ぐこちらを見ている。まだら模様の顔面は、目が片方潰れ気味で、生きているのが可哀想な程。
『あの時、死んでいたらよかったのに』
生き延びてしまった少年。死ねたのに、生かされた少年。何故彼は、自分の仲間にはなれないのだろう。
「……ノイズ?」
死にたくても、死ねなかったというのなら。
「もしお前が、俺の仲間だというなら」
「ノイズ、」
「死んでみてくれない?」
大人気ないことだと、理解している。だけど、彼が自分の仲間になれるなら、そんな火傷など負うはずがないのだ。
「……え?」
ほら、不思議そうな顔をする。本当に死んで欲しい訳じゃない。ただ、仲間かどうかを知りたいだけ。
そんな顔をしないでくれよ。
体が、熱い。
もう何も考えられない。自分がエラーに言った言葉も、忘れていた。
『考えすぎは、異常者の相手は向いてない』
ノイズの内なる化け物は、ノイズの心を食いつぶす。
「あ、あああ、あ、」
意識を明け渡すのは、簡単だった。もともと理性なんて捨ててしまいたかったのだ。
こんな幼い子供に縋ってしまいそうになるくらいなら。
なんで、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう。
「おい、隊長をよべ!」
「ノイズさん!落ち着いてください!」
「――、――!」
「―――! ―、」
「――」
だんだん、声が言葉として理解できなくなる。
なにも考えられない。
余計な思考を取っ払った、ノイズの頭の中は。
『死にたい』
『殺してくれ』
じゃないと。
「殺してやる……」
体中が、燃えるように熱かった。誰かに動きを止められて、冷たい地面に押し付けられる。
「――、」
「―――? ――」
「しっかりしろ! ノイズ・ルーチェス!本当は望んでないだろこんなこと!」
バシャン!
ブラッドの言葉と共に冷水が浴びせられて、ノイズの思考が少しだけ回り始める。
「お前に、お前らに何が分かる!」
本当の望みってなんだ。
俺の望みは。
「全部滅びてしまえ。そうすればこんなに苦しまずに済むんだ」
冷えた頭でも、ノイズは後先考えずにそう口走っていた。
これでもう、ブラッドはノイズを防衛隊の中に置いておく事は出来ないだろう。
最初からこうすれば良かったんだ。頭の可笑しい振りをして、遠ざけて置けば、こんなことにはならなかったのに。
せめて普通で居たかったけれど、ノイズはそれすらも後悔せずにはいられない。こんなに思考に塗りつぶされてしまうなら。
不老不死の癖に、殺してくれなんて、願わなければ良かった。
「ノイズ……頼む、もう少しだけ待ってくれ」
ブラッドが呟いた。




