化け物になる方法②
ノイズの体は、炎に焼かれる事はない。むしろ、不死の体は熱と相性が良い。
ただ、焼けないと言っても炎を恐れる気持ちはある。アンディの家で、行く手を塞ぐ炎に突っ込むのに逡巡していると、炎で焼かれた壁が崩れてきて、打撲と軽い擦り傷を負ってしまった。死なないからか、危機感はないが、普通の人間なら死んでいただろうなとぼんやり思った。
ノイズにとってはあまり意味を為さない医務室で、気持ち程度の手当を受けて防衛隊の隊舎に戻ると、任務の処理や報告で隊員が慌ただしく隊長室の出入りを繰り返していた。執務用のデスクに積まれた報告書の山。それを扉越しに眺めてみると、ブラッドが難しい顔を崩さずにいた。
「ノイズさん。怪我はもう良いんです?」
「んあ?ああ、ぴんぴんしてるけど?」
「燃えている瓦礫の下敷きになったと聞いていましたが…」
声をかけてきたのはアイルーで、ノイズの体を頭のてっぺんからつま先までざっと見渡すと、感心したように息を吐いた。焼けた衣服はもちろんもう着替えているので、燃えた痕跡はきれいさっぱりなくなっている。
「さすがですね」
火傷は種類ある傷の中でも性質の悪い怪我なのに。
アイルーはそれだけ言うと、隊長室に入っていった。彼女はバーボン一家の身の振りを一任されていたので、その報告だろう。
ノイズの知る限りでは、バーボン家の祖母と旦那は警察に引き渡され、異常が発病した妻は死亡が確認された。怪我を負った息子とその妹は病院。そして化け物と呼ばれ地下に軟禁されていた少年……アンディ・バーボンは、異常性検査のために防衛隊直属の研究所へ、ウィルスの所へ移送された。
ただ、あの少年に異常性は見られないだろう。見た目は確かに化け物と呼びたくなる外見だが、あれは数年前、異常者だった彼の叔父が行方を眩ます際に放った炎によるものだったという。ひとり留守番していたせいで巻き込まれただけの少年。それなのに無事を喜ぶどころか化け物扱いをした大人の方が異常だった。
生憎彼等の異常性も確認されなかったようだが、虐待の罪に問われるだろうと隊員達が話しているのを小耳に挟んだ。
可哀想な子供だ。その時死んでいた方が幸せだっただろうに。
最後に死んだ母親が譫言のように呟いていたのは、多分そう言う事だったのだろう。彼女は、異形の姿になった息子を、化け物と呼ばれた息子を、それでも拒絶する事は出来なかった。
「いいなぁ」
だから最後、彼女はアンディの所に来たのだろう。
理性を失ってもなお。
ノイズは、それが羨ましいと感じた。
愛する人間に、はっきりと拒絶されてしまった過去。自分を化け物と名乗りながらその実、この存在を認めて欲しかった。受け入れて、側にいて欲しかった。そうすれば、こんなに孤独を恐れなくても済んだのに。
「あ……お疲れ様っす」
次に現れたのは、あの今回の任務前、何処か頼りなさ気だったエラー・バンギットだった。今はどこか吹っ切れたような、それでいて緊張した面持ち。
「ああ、ブラッドに用事?今アイルーが報告中だけど」
今回の任務で失敗すれば、異動させられると聞いた。けれど、そんな後ろ向きな感じは見受けられない。
「あ、そうなんすか。じゃあちょっと、待ってようかな…」
彼はそわそわと落ち着かなかった。アンディを連れて、炎に包まれた地下室から見事脱出して見せた彼は、あのあと異常者と真正面から、とはいかないまでも、対峙したらしい。
「お前、異常者苦手だったのに、最後ちゃんと仕事したらしいじゃん」
「あ、いえ、あれはノイズさんのおかげで…」
話しかけると、エラーは気まずそうに言った。
「……あなたの、『せめて人のまま死なせてやってくれ』って言葉聞いて、あの人が、ただの異常者って思えなかったから、引き金を引けたんです。それで、あのおばあさんやお父さんの方が、よっぽど異常だって思って」
「あー、まあ、頭は可笑しかったよなぁ」
「俺、『異常者』っていう存在に、拘る理由ないなって思ったんすよ。俺の家族、異常者に殺されてんですけど、本当はもう、その俺の仇である奴は死んでるんです。俺が、防衛隊に入る前に」
ああ、それは、気持ちの行き場はないな。とノイズはエラーに同情した。




