化け物になる方法
生き延びたって、なんの良い事もない。アンディはぼんやりとそう思った。
祖母からは化け物呼ばわりされ、父からは気味悪がられ、兄妹からは存在を忘れ去られた。唯一恐れるような、憐れむような、母の顔。
それは、懺悔だったのだろうか。
久しぶりに見た母親以外の顔は、胡散臭い男の笑顔だった。
「なるほど、化け物、ね」
言われ慣れた言葉。けれどそこには侮蔑も恐れもなかった。
「喋れもしないのか」
最初の一言きり、なにも喋らないアンディに、男は勝手に納得したように頷く。
その通り、過去に放火に合ったせいで、体中を焼かれ、煙に喉もやられてしまった。
奇跡的に助かったというのに、誰も泣いて喜んではくれなかった。アンディが『生きているのなんておかしい』らしい。
「どうしてここから出ない?」
小さく座り込んだままのアンディに、男は問いかける。その疑問は仕方のないことだっただろう。何せ、扉には鍵もかかってない上に、アンディ自身も繋がれている訳ではない。逃げようと思えばいつでも逃げられる状態。母がそうしたのだ。その真意は分からない。けれど、ここを出たってどうせ化け物呼ばわりされる。この見た目では、何処にも行き場所がなかった。
そう答えたくても、アンディは上手く声を出せずにいた。
ふと、男の背後で揺らりと人影が動く。
「……あ、…ん、でぃ」
この名前を呼んでくれる人間は、この世に一人しかいない。
バシャン、と液体が零れる音がして、つんとした匂いが部屋に充満する。嗅いだことのある匂いだ。どこか懐かしく、全身の火傷が疼く。
「……あんた、なにするつもりだ」
男が低い声で唸った。カチっと何かが擦れる音がしたかと思うと、男が母に向かって飛びかかった。
「やめろ!」
しかし、その制止は間に合わなかったのだろう。部屋の入り口が、炎に包まれる。
「……あ…」
液体を伝って、炎は静かに燃え広がる。アンディは呆然と、放火した母の顔を見た。
いつもの恐れるような憐れむような、悲しい表情じゃない。
「が、……あ、ざ……?」
「あつ……!」
男が炎に怯む。その直後、母が奇声を発した。
「え、ぁ…?」
突然の出来事に、頭は追い付いて行かない。母は男を突き飛ばして目を血走らせながらこちらに近づいて来る。その威圧感にアンディは後ずさったが、逃げられる訳がなく腕を掴まれた。信じられないほど強い力だ。
「ぅあ」
「死ねばよかったのに」
母さ言葉が、静かに響く。
「あの時、死ねばよかったのに」
アンディは、それをただ受け入れる事しかできない。
声が出ないのなんて関係ない。ただ、それになんの文句もなかった。なぜなら、生き延びてからの人生、生きてて良かったなんて思った事はひとつもなかった。
「……よかった、のに……」
「いだ…ぃ、が、あ、ざ」
「あ、あぁああ あ あ あぁあ!」
「ん、ぐぅぁ!」
母は、叫びながらアンディの首を絞める。首を絞められているのはアンディの方なのに、母の方が苦しそうな顔をしている。
殺して、くれるのだろうか。
「あんた、息子に謝りたかったんじゃなかったのかよ!」
呼吸がままならなくなってきたところで、母の手が引きはがされた。爪に抉られて、首に鋭い痛みが走ったのと同時にせき込む。
「ああ、ゆるして、……ゆるして……」
母は頭を抱えながら、今度は入り口に向かって逃げて行く。
「あ、待て…」
男がそれを追いかけようとするが、天井から落ちてきた裸電球に意識を取られ、炎の壁に邪魔される。
「くそ、立てるか?」
思い出したようにアンディの所にやって来て、男が手を差し伸べた。
「……な、んで」
何故、助けるの。
何をしに来たのかは分からないが、母の様子が可笑しいのはわかった。きっと、壊れてしまったのだ。こんな化け物が産まれて、祖母に詰られ、それでも殺せもせず、ここまで来てしまった。
折角終われるはずだったのに、なぜ生かすの。
手を取らないアンディに、男は目を細める。
「死にたいのか?」
穏やかな問いだった。
こくりと頷くと、男は優しい声で呟く。
「俺と一緒だな」
何を言っているのか、分からなかった。
一緒だって?ふざけるな。
死にたくても死ねないアンディと、この男が一緒なわけが無い。化け物扱いされて、閉じ込められて。
いっそこうなる前に、死にたかった。
「ノイズさん!!」
呼ばれた男は、アンディの腕を無理やり取って抱え上げた。
離せ、なんて声を出す暇もない。炎の向こうからやって来た男に放り投げられ、アンディは炎の壁を越えていた。
「エラー、そいつはさっきの女の子供だ。一緒に居させてやって。そんで、せめて、人のまま―……」
「ノイズさん!!」
上から崩れ落ちた瓦礫に、ノイズと呼ばれた男は潰されてしまった。
なぜ、そこにいたのが自分ではないのだろうと思うほどに呆気なく、アンディは炎の中から連れ出された。
また、助かった。
エラーと呼ばれていた男にそのまま家の中に連れられ、奥の部屋に行くと、母だった女が髪を振り乱して暴れていた。
その姿は、まさに、化け物。
周りには、制服を着た、銃を構える連中がいて、その前には、久々に見た祖母と父が怯えるようにへたり込んでいた。その二人を、今まさに母さんが殺そうとしている所だった。
これは、一体なに?
「撃つのは、待ってください」
エラーが言った。
「君の声なら、届くかもしれない」
「早くしろ!そんなに持たないぞ!」
言いながら、銃声。
アンディは心臓が縮む思いがした。
撃たれた、母が。
けれど、憎しみが生まれることは無かった。
母は、一瞬動きを止めたものの、まだ暴れ続ける。
祖母の、父の、悲鳴。
なら、そのまま、殺されればいい。なんて思って。
「呼んで上げてくれないか。君のお母さんを、化け物にしないでくれ」
化け物とはなんだ?
醜い姿のあれは、もう既に化け物では無いのか。
アンディと同じ、化け物。
「お、が、あざ、ん」
違う。
「おが、ぁ、ざ、」
違う。
俺は化け物じゃない。
俺は何も、していない。
アンディの下手くそな呼び声は、届くのだろうか。
こんな、醜い声が。
果たして、母は、ナイフを振り降ろすのを止めた。
アンディの方を見た。狂気が宿る瞳で、しかし、はっきりと目を見て、唇が動く。
「 」
聞こえなかった。その代わりに、耳を劈くような銃声が聞こえて、その細い体が崩れ落ちる。
その一瞬、母は、戻ったのだろうか。
化け物ではなく、人に。
ーーーアンディ。
ーーー守ってあげられなくてごめんね。




