精神異常⑩
地下に匿われていた存在が見つかったと聞いて、ブラッド達が庭に出るためにロビーに向かうと、そこは惨状と化していた。異常者とされた女がいない。床に転がるアイルーに駆け寄ると、まだ息はあった。拘束していたのであろう縄が引きちぎられているが、まだ瞬殺できる程の力はないのだろう。
「おい、しっかりしろ!女は何処に行った!?」
「う、あ…、すみません……、外に……おそらく……倉庫の、下に…」
ブラッドは聞くなり庭に飛び出した。開け放しの倉庫の扉と、その中の隠し扉。
そして、焦げた匂いが鼻を擽ったかと思うと、濃い煙が下から湧き出てきた。何者とも分からない、獣のような声が聞こえる。
「火だ!」
「消火器持って来い!」
「ブラッドさん、後ろ!」
消火器を持ってこようとしていたエラーが叫ぶ。はっとして振り返ると、地下から女が這い出して、ブラッドに爪を立てようとしていた。
「俺は良いから、ノイズの所に…!」
ブラッドがエラーに道を開けるために女ともみ合う。身を竦ませながらも、エラーは引け腰を叱咤して消火器を持って地下へ向かった。
相手にするうちに銃声が響いて、アイルーとスカーが動ける隊員を数人率いて二人を取り囲んだ。それに気づいて、女はすぐさまブラッドを突き離し、玄関へと突っ込もうとする。
「……っ」
アイルーは少し躊躇いを見せながら発砲するが、銃弾は女の体を掠めただけだった。
「すみません…!」
身構えている隊員達をかき分け、女が家の中へと侵入した。
「追うぞ」
スカーはそれだけ言って、女を追いかける。
奥の部屋から悲鳴。それから、老婆の罵声が聞こえる。
「ここは良いから、使用人たちと娘さんの方へ」
「……はい、」
気が散漫しているアイルーを別の部屋に向かわせてから、騒がしい部屋へ飛び込む。
隊員が既に何人か倒され、拘束された旦那と老婆が、嫁の変わり果てた姿に怯えながら、『化け物め!』『近づくな!』『目を覚ましてくれ』と口々に叫んでいる。
女は、いつの間にかナイフを持っていた。老婆が、息子を刺したナイフだった。そして、確実にその二人に狙いを定めていた。邪魔をする防衛隊を無視し、その二人だけしか見えていないように。
「……死になさい」
旦那の顔が、恐怖に歪むのと対照的に、老婆の顔が嘲るような笑みを浮かべた。
「やって見せなよ、化け物」
誰が異常で、誰が正常なのか。
本当に死ぬべきなのは誰なのか。
異常者が危険だというなら、この老婆こそだ。
だれも、女がナイフを振り下ろすのを止めようとしなかった。
「お、が、あざ、ん」
けれど、そのナイフは止まった。
次の瞬間、女の胸に銃弾が撃ち込まれる。硝煙が立つ銃を構えているのは、エラーだった。
「人のままって、ノイズさんが言っていました」
崩れ落ちた女の側に、異形の姿をした子供が寄った。
「あんたたちのしたことは、罪だ。罰は、あんたたちが受けろ」
任務前まで情けない顔をしていた青年はそこにはいなかった。
地下にいた一瞬の間に何かがあったのだろうか。
「……、お、がぁ、ざ、ん」
父である筈の男と老婆には目もくれず、一番に理性を失った母に縋る化け物の姿。きっとそれが全てなのだろう。




