精神異常⑦
時は少しだけ遡る。
慌てて悲鳴が聞こえた方へ向かったブラッドを追いかけて行こうとして、すぐそばで不穏な空気を感じたノイズは振り返る。
「ねえ、今の悲鳴はなに?私の子供達に何あったの?」
「落ち着いてください。今隊長が様子を見にいきましたから」
「落ち着けるわけないじゃない!ねえ」
アイルーが必死に抑えようとするが、手を振りほどこうとする女の力の強さに顔を歪めた。それに気づいた隊員がアイルーに手を貸して女を取り押さえる。
「ちょっと!寄ってたかってなんのつもり!?」
さらに声を荒げ、腕に力が籠ったのが分かった。細腕にはちきれんばかりの血管が浮いていた。アイルーが懐から鎮痛剤を取り出す。女から見えない位置から、慎重に浮いた血管めがけて針を刺した。
「あああああ!何!?なんなの!?止めてよ!!」
気づいた彼女は更に暴れる。しばらく待っても、薬が効いてくる様子はなかった。
ノイズは目を細める。
「……もうさ、とっくの昔に手遅れだと思うよ、それ」
ノイズが呟いた。
「邪魔しないでよ…、私の子供達が……あの化け物に殺されてしまう…。離して!離して、離せぇ!!」
「!」
「かはっ」
アイルーが弾き飛ばされた隊員の名を叫ぶ。それに気を取られた瞬間、数人掛かりの拘束を吹き飛ばされる。
「お義母さんさえいなければ……、あの人が余計な事するから……」
俯いたままぶつぶつと呟く言葉に違和感を覚える。ふらふらと奥の部屋へ向かおうと近づいてくる女に、隊員達は後退りする。
「何やってんの?異常者は、『治らない病気』だよ」
最初から最後まで興奮しっぱなしだった女が正気を取り戻す事はついになかった。おそらく、彼女のテリトリーを侵された瞬間から、あの老婆が警察を呼び寄せた時から、彼女は気が気ではなかったのだろう。その種も元々持っていた。回避できた可能性は、多分ない。
「たまたま最初に実験した奴が、『治る見込みがあった人間』ってだけ。それでも奴等は、己の罪に耐えられず自殺するんだ」
だから、つまり。
「異常者に救いなんてないんだよ」
「…ノイズさん!」
女の前に、ノイズは立ちはだかった。顔を上げた女の目は、狂気に染まっている。
「よく耐えた方だと思うけど」
どんな言葉も、もう彼女の耳に届くことは無かった。女が獣のように目を血走らせ、涎を垂らしながら掴みかかって来る。その力はもう常人の域を超えていた。あまりの握力に顔を顰める。女であるのと、まだ力に慣れていないのか、引きちぎられるほどのものではないが。
けれど、腹部に衝撃。血が流れおちる。
「……あ、ちゃあ…………」
「……死になさい」
ナイフでも隠し持っていたのかと思ったが違った。女性特有の長い爪を持った指が、衣服を裂いて突き刺さっていた。
「死になさい!」
アイルーが銃を撃つが、動揺しているのか、中々当たらない。
女の爪は、武器にするには十分だが、切れ味は最悪だった。鈍い痛みに怯みながら、もう一度振りかぶられた腕を咄嗟に掴む。
「離せ!あんたを殺してやる、殺してやる、殺してやる」
「……ありがとな」
押し倒されるように転がったノイズが、場違いに笑った。殺してほしいノイズにとって、本当の殺意はありがたい物だ。
「でも、」
固まる女の腕を引いて、抱きしめる。身動きが取れない様に。
「……え、あ…?」
「あんたは、人のまま死になよ」
その意図に気づいたアイルーが、また銃弾を撃ち込む。けれどその弾は女の急所から明らかに外れ、ノイズに当たることなく貫通した。
「……アイルー?何やってる」
「……う……う」
女が泣き出した。どうして、なんで、苦しい、そんな呻き声を聞いて、誰もが銃を再び構えられずにいる。
「……ごめんなさい」
女の悲痛な声を聞きながら、アイルーが銃の代わりに無線を手に持った。
「奥さんの、異常が、発症しました。鎮静剤は、打ったのですが」




