精神異常⑥
連鎖的に遺族が異常者になる例は、かなりある。遺伝、というよりも、ああやってお互いに悪影響を与え合うから、というのが主な理由である。特に老婆とその嫁は条件を満たしあっている。話し合いなど意味を為さなかっただろう。あと一歩、殺人衝動が理性に勝った瞬間、彼女らを異常者と見なす必要がある。
「そうなるのも時間の問題だな……」
特にロビーで騒いでいる嫁の方は、自分達が去らない限り落ち着きそうにない。けれど、この状態で放って置くべきかどうか。老婆も自分の旦那が異常者でありながら今までを普通に健常者として生活できているようであるし、これ以上刺激するのは得策ではないような気もする。
「ブラッド隊長」
使用人に話を聞きに行っていたエラー達が出てきた。探るように辺りを見回しながら、大きな声では話せないのか、声を潜める。
「あのおばあさん、どうでした?」
「ああ、どうやらこの家計、異常者が発現しやすいみたいだな。婆さんの旦那も異常者だったらしい」
「そうですか…」
「そっちはどうだった?」
聞き返すと、エラーは視線を泳がせた。何か腑に落ちないような、そんな顔だ。
「どうした?」
「……あの、この家、何か飼っています」
「何?」
更に問い詰めると、確信はないんですが、と更に声のトーンを落とす。
使用人の話を聞いたところ、可笑しいのは老婆や奥方だけではないという事が分かったのだと。突っ込もうとすると話を濁されるので、何かを隠しているのは間違いないようだ。
「……確かに、旦那の方も気になる発言をしていたんだよな……」
老婆の言った『あの子』という言葉に過剰に反応していたのが、ブラッドは気になっていた。取り繕うように、異常者だった弟の事を言っていたが、彼はもういない存在。
「しかし、これ以上詮索すると逆効果な気もするしなぁ」
「どうしますか」
何かを飼っている。
この家が探していたもの。隠したがっているもの。
あるとすれば、どう考えても。
「……もう一人いたとして、匿えるものなのか?」
「わかりませんが、隠したがっているのはたしかですよ」
特にあの老婆は、異常者に対する嫌悪感が尋常ではない様子だった。
「様子見、しかないな。今の状況では下手に動けない。奥さんに例の鎮痛剤を打って、あとは一人ずつ監視をつけよう」
ブラッドの言葉にエラーが頷く。それを確認して、奥方の相手をしているアイルーを呼んだ。少しだけ落ち着いているように見える。
「これ、あの奥さんに使えるか?」
「……もしまた暴れるようなことがあれば使います」
「そうしてくれ。このまま退去して監視に入る。アイルーは引き続き奥さんの方を」
「わかりました」
「エラー、他の隊員にも退去の指示を。あとばあさんの監視を頼む。兄弟は適当に暇そうな奴に頼んでくれ。一人ずつ」
「わかりました。使用人の二人はどうしますか?」
「この家のメイドを辞めるように説得できないか?」
「それなら簡単と思いますよ」
こんな所もう嫌だと言っていたので、とエラーは続けた。まあそうだろうなと思った。もしバーボン家が後任を探していれば防衛隊か警察から潜入させて見張らせることも出来る。
それとなく家族に勧めてみようかと考えていた所で、ノイズの存在を思い出す。彼がその役を出来ればいいのだがさ。
と、当人の姿も見えたところで、少し考えて頭を振る。
「いや、無理だな」
使用人として潜入させるなら女性の方が良いだろうし。少人数の体制になるので、万が一異常性が発現した時に彼がいた方が他のメンバーも心強いだろうが。
「……なに、こっち見てんの?」
女装でもさせるか?なんてとんでもない思考に陥っていると、ノイズが視線に気づいた。
「いや、なんでもない。……そうだ、この一家についてどう思う?」
「なんだその適当な質問」
まあいいけど、とどうでも良さ気に呟いて、ノイズはブラッドからの話を大人しく聞いた。
「……会ってないから何とも言えないけど、俺、そのばあさんと仲良くなれそうにないわ…」
「そんなことは聞いてないけどな」
「しかも俺と同年代くらいじゃん。直視できないね」
「は?ああ、そうなるのか…?」
もし、ノイズが普通に年を取っていたらあれくらいなのだと気付いて、ブラッドは座りの悪さを感じた。見た目だけなら、ブラッドより年下に見えるのだからしょうがない。
「つーかそのばあさんさ…」
「きゃあああああ!」
ノイズが何か言いかけた瞬間、奥から幼い悲鳴が響いてブラッドは駆け出した。
「あんた自分が何やってんのか分かってるんですか!?」
スカーの厳しい声に、騒がしい部屋の扉を開けると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
ナイフを持った老婆。それを止めようとしているこの家の旦那。泣き崩れる娘と、血を流してピクリとも動かないその息子。彼等を守るように立つ防衛隊員。
「な…なにが起こっている……?」
「ばあさんがいきなり息子さんを刺したんですよ……!」
「まさか異常……!?」
そんな馬鹿な。さっきまで普通にしていた筈だ。けれど、老婆のギラギラと輝く眼光は、異常者のそれとは全く異なっていた。
「いや……。ブラッド隊長たちは異常者に慣れ過ぎですよ!この人は、ただの人殺しです」
今まで、理性のない獣を相手にして来たブラッド達に衝撃が走る。
人殺し。
健常者でありながら、明確な動機を持ち、意思を持ってその手で命を奪う者。
「……そんな…」
「あんたらがやらないならアタシが終わらせてやるんだ……この呪われた家系を……」
『た、隊長……』
こんな時に、通信が入る。
嫌な予感。
「……なんだ」
『申し訳ありません……奥さんの……異常が、発現しました。鎮静剤は打ったのですが』
アイルーの、どこか焦った声が聞こえた。




