精神異常⑧
「あの女、とうとう本性を現したね!」
老婆のナイフの持つ手は震え、目が血走っている。これで異常者ではないなんて到底信じられるものではなかった。けれど、異常者相手に怯えて何もできない筈のエラーが先陣を切って銃を向けている。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん……」
胸の辺りから血を流しているのを隊員が応急処置している。その目がうっすらと開かれた。妹が名前を呼ばれて号泣している。
その間に、その父である男は呆然と突っ立っている。母親が息子を刺し、嫁が異常者になったなんて現実を受け入れられていないのだろうか。
「今度はそのバカ息子たちの番だよ……。どうせこいつらも化け物になるんだ」
異常な形相でありながら、老婆には確かに理性があるように見える。手当たり次第手を出す様子はなく、明確に対象を定め、防衛隊員には目もくれない。
「……我々の目から見れば、あなたの方が十分異常です。ナイフを下ろしてください」
「アタシが化物だって!?馬鹿言わないでおくれ!」
老婆は更にナイフをきつく握りしめる。
「あんたらは化け物を殺すために来たんだろう!本物が下にいるよ!早く処分しとくれ!またいつ暴れ出すか気が気じゃない……」
「……本物……?」
「……」
ブラッドが視線を旦那に走らせると、あからさまに目を逸らした。やはり、何か『飼って』いる。
「下、というのは」
「かあさん!」
親子の不自然なにらみ合い。
「スカー、地下探せ」
「了解」
そう言葉を交わすと、今度は旦那が壊れた。膝を落として頭をかかえる。
「俺は悪くない……!俺は悪くない……。あいつが全部壊したんだ、あいつさえ居なければ…あの極潰しが……」
「はん、化け物が今更なにを後悔するっていうんだい」
「俺は化け物じゃない!」
「普通の人間が『自分の息子を殺す』もんか!」
「俺は殺してない!俺は殺してない!!」
微妙に食い違う会話。険悪な雰囲気。
「……私も、お兄ちゃん『たち』も、ばけものじゃないよ……」
少女の呟きに、大体の見当が付き始める。もしかすると、人道を外れた行為が行われている。この家族ならやりかねない。
「……全員捕縛する。全員動けるな?」
「はい」
ブラッドが指示すると、一家全員があっという間に拘束された。その際、暴れていたのは老婆一人。頑なにその存在を隠そうとしている旦那は愚か、まだ幼い少女さえ大人しくしている。あまり気分の良いものではない。
「アイルー、そっちはどうだ?」
『……今、拘束が完了しました』
「生け捕りにしたのか」
それはウィルスが喜びそうな事だ。いや、今の彼にはそうでもないかもしれないが。
「スカーは?」
『地下への入り口らしきものは見当たりません』
「おばあさん、どこにあるのか知りませんか」
「知らない!」
「旦那さん。あなたには聞いていません」
「アタシも知らないよ、こそこそ化け物匿いやがって」
「……この家は一回、建て直しをしてるんでしたっけ」
「探すぞ」
隊員の一人が思い出したように呟いたのを聞いて、ブラッドは指示を出した。
「先に息子さんを病院へ、娘さんは使用人と同じ部屋に避難させてくれ」
「そいつらもさっさと始末しちまいな!」
「母さん……」
「アイルー、悪いがこっちに来てくれ、女の子の相手を頼む」
こんな少女にまで警戒を怠れないのは情けない事だが、異常者が絡んでいるのでは仕方がない。
『……わかりました』
返って来たのは、硬い返事だった。
「どうした?」
『いえ……』
言いにくそうにしているのは、前回の事もあるのだろうか。あとで話せよ、と言い含め、ブラッドは少女と別室に連れ立った。




