新暦から
見渡す限りの平野、点在する深い森、なだらかな傾斜を持つ山や切り立った山、そして雄大な海。まさに大自然。よ~ろれいひぃ~。
異世界と俺の世界が合併して楽園の母体が完成した。俺はその日を新暦元年とした。元号は俺のネーミングセンスが悪いと却下され新暦がそのまま元号として俺たちは使っている。なお、実際合併すると暦を改訂するらしいので俺の都合ではない。都合が良いのは確かだが。現在新暦二年になったばかりだ。ティアラ達との出会いから七年目となる。なだからかな傾斜を持つ山の中腹をサクッと開墾して元居た世界の俺の家を設置した。元々が一人暮らし用の家だったのでかなりリフォームした。ここは盆地のようでこの山がほぼ中心にあったのでここを拠点にしたのだ。現在は地上三階建て地下五階の家というか要塞のような佇まいを持っている。三階は俺、ショーンは二階でそれぞれ妻と生活している。一階はリビングと台所である。家の横には山の湧き水からなる川が流れ、二回、三回のバルコニー正面には雄大な平野、右手には豊かな海、左手には山々がそびえ立っている。景観に拘ってこその元日本人。家の裏手は家庭菜園と言うには広すぎる畑がある。俺の世界がベースになったせいか時間や一年のサイクルは地球基準となっている。閏年はない。重力も変化無し。大きな変化は天動説になったくらいだ。春夏秋冬と四季がありきっちり三ヶ月毎に切り替わる。
当初は不安だったが、訪れてみれば確かに楽園だった。過不足無い暮らしに暖かい我が家。気の良い友人達と傍で笑顔を振りまく妻。畑には四季の実りを川では魚が跳ね平野では動物が自然の営みを繰り返していく。必要以上の闘争がない必要最小限の命のやりとりで紡がれていく世界。そして失われた命も輪廻によって循環し命の溢れる世界。おっさんよ。楽園は今成った。
俺の一日は、朝食のあと日ノ本家会議を終えると妻を連れ山中で山菜や狩りをして食料を集める。一度家に帰り昼食を済ませた後、切り立った山の麓で鉱石を採掘し家にある工房で動物の皮をなめしたり、鉱石や粘土から物作りをして夕食を取り妻とベットで戯れて終わる。ショーンとノエル夫妻は畑仕事担当だ。川から水路を引いて畑とは別に水田もあるのでショーン達は一日中畑仕事で終わってしまう。夜はノエルと楽しそうにしているし、畑仕事も毎日ではないので苦労はないのだそうだ。こっちには害獣や害虫が居ないからな。一日三回の食事は必ず全員で取るようにしている。コミュニケーションは大切だ。あと、俺とティアラ、ショーンとノエルの間に子供は居ない。作ろうと思えば作れるらしいが、まだ新婚生活のホワホワ感を大事にしている。家のことは週に一度徹底的に掃除や洗濯をするので問題ない。
新暦以前の俺は異世界というものに偏見を持っていたようだ。召喚用の魔方陣でいきなり呼び出されたり、目覚めたら異世界だったり、都合良く将来師匠になる人と出会ったり、城で端金を貰って魔王を倒せとか言われたり。異世界なんてそんなものだと思っていた。ちなみに俺も男だ。そういう世界も嫌いじゃないしハーレムというものにも多少の憧れがある。仲間達と強大な敵と戦うというのも理解できる。だが結局は無い物ねだりの生活になる。冒険の対価に今の心豊かな生活を失うことはありえない。ハーレムも俺にとっては順位をつけてしまうだろう。平等に接することは出来ないだろうと分かってしまう。俺の手の届く範囲はそんなに大きくない。そんなものだ。そうして俺の異世界生活が絶対的な平凡を描きながら過ぎていく。今日も缶コーヒーと煙草が美味い。
早朝薪を割っていると隣の小屋(二階建て)から出来たきちっとスーツを着た紳士が声をかけてきた。川を挟んだ隣にはこいつが住んでいる。ちなみに住むことはきちんと許可してある。徒歩三分といったところか。
「一太郎殿、おはようございます。」
「おう、セバスチャン起こしたか?」
「いえいえ、起きておりました。あまり必要ありませんが部下に指示を出さねばなりませんので。」
「ご苦労だな、昨日作ったベーコンと燻製があるから会議の時に渡すわ。」
「ありがとうございます。妻が喜びますね。それではのちほど」
そう言い残しセバスチャンは緩やかな傾斜を降りていく。セバスチャンはセバスチャンという風格をしていた。まさにセバスチャン。執事の鏡である。俺と同じく百七十五くらいの身長で白髪。口ひげを生やした六十くらいの男性だ。眼鏡をすればよりセバスチャンっぽくなるのだが彼は目が良かった。セバスチャンの奥さんだが対人恐怖症のようで数回しか見かけたことがない。もちろん会話できていない。三十手前のグラマラスな色気ムンムンな奥様だった。年の差夫婦なのかもしれない。家から朝食の匂いが漂ってきたので割った薪を束ねて必要な分以外を家の横に積み重ねる。我が家の女性陣もこの数年で料理が出来るようになり日々進化している。最初のことは思い出したくない。少々苦笑いしながら少量の薪を片手に家に入る。朝食の準備中となると暇なのはショーンだな。
「ショーン、昨日のベーコンと燻製セバスチャンにやるから会議の時に出しておいて。」
「了解しましたぞ、主様。セバスチャンは指示出しに行かれたのですかな?」
「みたいだな。まあ、やること無くて困るよりは良いんじゃないか?どっちかっていうとセバスチャンはそっち方面だし。見た目は執事だけど」
「そうでしたな。こうやって暮らしていると時折忘れそうになりますな。見るからに執事ですからな。」
ショーンは笑いながら地下にある食料庫に向かっていく。地下は鉄筋コンクリの打ちっ放しで換気ダクト完備なので燻製を作るときは大変重宝する。
地下一階は特殊調理用のフロアで燻製や、熟成が必要な食品を作っている。地下二階から地下四階までは完全に食料庫と化しており申し訳程度に地下五階に俺の工房がある。
一階のリビングからショーンが消えたので人恋しくなりキッチンに顔を出すと朝食の準備をしている妻と目が合う。
「汗かいでしょ?お風呂入ってきてね。」
妻は恐妻家にはならず誠実な妻となっていた。最初妻というものを言葉でしか把握していなく、夫婦でするあれこれを理解したときに顔を赤くしたり青くしていたのは記憶に新しい。ちなみに今でも顔を赤くする。妻曰く最初の内は俺も同様だったらしい。「はいよ」と軽く返事を返して風呂に行って汗を流す。浴槽につかりながら今後について思いに耽る。そういったことをしている際に自分でもはっきり口元が歪む。これは癖なのでしかたない。妻曰く「悪いことを考えているときみたい」とのことだ。ある程度暖まったら会議におくれる前に風呂から上がる。とりあえず会議をしないといけないか。
風呂から上がり服を着てリビングに戻ると俺以外のこの家の住人とセバスチャンがお茶を飲んでいた。リビングにはローテーブルが置いてありローテーブルを挟んで二組の三人掛けソファー。ショーンとノエル対面にセバスチャン。それとお誕生日席が俺と妻の指定席である二人掛けソファーだ。どやらそろそろ会議の時間だ。
「じゃあ始めようか?セバスチャン現状報告を。」
そう言ってリビングの二人がけのソファーに腰を下ろす。ティアラが親を入れてくれたので小さく礼を言っておく。セバスチャンはローテーブルの上にこの家を中心とした地図を広げていく。
「新暦元年の六月より周辺の国々より攻撃を受けて参りましたが、現在もこの家を中心とした盆地を形成する周囲の山の向こう側では常時戦闘行為が継続して行われております。幸いにして侵略軍はすべて一般的なヒューマンタイプの国々ですので、こちらの損害は出ておりません。侵略軍は現在三十カ国程度と推測されます。この三十カ国ですが規模としては小国ですので各国家での兵力は増加の傾向にありますがこちらの陣形を突破することはありません。この国々が同盟を結んで一点突破を試みたところで現状を維持できると思われます。ただ、これまでの統計から敵の兵力の増加により十年程度で突破される危険性が出てきます。戦闘に特化したタイプの参戦で猶予は短くなるかと思われます。」
「ご苦労様セバスチャン、相変わらず戦争が好きだね。この世界に元々居た人はさ。」
ここ最近俺を悩ませているのは今俺が言ったこの一言に尽きる。幾多の世界との合併を繰り返した世界は合併に慣れてしまった。吸収された拡張された地域を未開拓の領土、移民してきた人々を人的資源や新たな知識の詰まった生殖可能な入れ物として扱うようになった。国土を広げ知識を得て品種改良のように交配実験を繰り返すのがこの盆地以外での実情といえた。セバスチャンが言うには現在は大国は七つあり一国の総人口は兆を軽く超えるそうだ。大国同士の戦争は落ち着いているらしいが小国だと弱肉強食が通例らしく侵略戦争は日常的なものらしい。何よりこの世界には死という概念がない。死なないわけでは無く、生まれ変わることが確約されている。生まれ変わりと同様に新たな命も誕生するのだから人口も増加の一途を辿るわけだ。しかも、この惑星は人が開拓した部分が二十パーセント程度というのだから救いようが無い。未開拓な部分があるのに開拓よりも戦争を選択している。誰が考えても戦争などは激化することになる。なので問題はここからどうするか?困ったときの暇人達。地球人の多数決といこうかね。
『GMから全冒険者へ緊急イベントのアナウンスを開始する。現在我々は三百六十度を侵入者費包囲されている。我が陣営に侵入されるのは時間の問題だ。詳細は添付データにて確認してくれ。解決策の提示がイベントクリア条件となる。報酬は称号と基本能力値にボーナスということにする。解決策の提出先はフィールド上の役所まで。質問も同様に。期限は現在より七日間とする。健闘してくれ。』
仮想世界の地球人である住人は実に快適異世界ライフを堪能しているのに、俺は現実で世知辛いというのは世界の定義が変わっても変わらずか。一年近くの現実逃避はそろそろ限界らしい。あちらの人々は娯楽に飢えている様子は無く、定期的に困ったことをイベントと称して丸投げしているので退屈はしていないそうだ。ゲームシステム自体を五年間かけて構築したし類似する全てのゲームからのいいとこ取りなのだから文句を言われても困るのだが。
「とりあえず今日のところはここら辺で終わらせよう。続きは明日にしよう。今日と明日は日常作業は中止して具体的にいろいろ決めていこう。」
現状報告だけで済ませ今日の会議をおわらせる。。このままではお茶で腹が膨れて飯が食えなくなりそうだし。あちらの時間の流れを七倍にしてやれば明日には多少案も出るだろう。質疑応答は量子コンピュータにまかせましょ。
「良い案が無い場合はスキルや能力値の取得で最悪力業で解決することになるけどさ、どうせやるなら楽しもうかね。異世界生活っぽいものもあまりなかったし。というわけでそれにそろそろ腹も減ってきたし飯だな。」
反対意見は出ない。腹が減っては仕方が無いし、急ぎ決めなくてはならないことでも無い。気がつくと朝食の準備に取りかかる女性陣を眺めながら溜息をついていた。旧暦から今日まで根本的に俺たちはスローライフ。しかも、手間があまりにかからない。そうなると必然的に暇になり、暇になると読書や、動画鑑賞となる。結果、この数年間でこの家で暮らす面々はサブカルチャーに毒された訳だ。場所や世界が変わってもあまりの変わり映えのなさに切なさがこみ上げてきた。期待してる世地球人達。
翌朝、朝食を済ませ、会議を開始する。今日はどうせ会議で潰れるだろうから先に朝食を取った。
楽しんでいる地球人から出た意見や問題点を整理していく。
・殲滅。(アホかと)
・神への信仰により奇跡を願う。(涎塗れでもう死んでます。)
・絶対的な敵を用意する。(魔王にでも就任しろと?)
・ダンジョンが必要!(作る手間暇を考えて欲しいものだ。地下百層のダンジョンを作るのに何年かかるんだよ。)
・各国の首脳を洗脳。(五円玉にひもでもつけて振っていれば良いのか?)
・防御用の結界を張る。(やれるならもう張ってる。)
などなど。現在地球の人たちは剣と魔法の世界で暮らしています。分かっているが、そっちとこっちはルールが違うでしょうに。昨日と同じ顔ぶれだが、みんな地球人の出した案について書き込んだり×をつけたりしている。中二病のような大群に囲まれた気になってメンタルがグングン減っているのを自覚できる。同郷の同士に裏切られた瞬間であった。とりあえず一服しながら読むことにしようか。紙の束を持って三階のバルコニーへ出る。我が家は禁煙で俺は蛍族だったりする。冬は大変だ。
もう殲滅でも良いような気がしてきた。しかし目も、腕も疼いたりしない。平野と海を視界に収めながら立ち上る煙草の煙を見て殲滅するのにどうやったら効率的かを考えているあたり俺も疲れているんだと再確認できた。俺の中で殲滅が最優先になっている時点でみんなの意見を聞かないと危険だと思えるあたりまだ俺は大丈夫なはず。殲滅に対する躊躇が無いのは育ちが悪いせいだと思いたい。
リビングまで戻り資料を読んだらしいショーンとセバスチャンがこの紙面をネタに話をしていた。こういう会議の場では女性陣は意見を出さない。女性蔑視では無いが、もともとナビゲーターという役割なため俺やショーンの意見や決定を優先してそれをサポートすることに重点を置いているらしい。ショーンは俺の意見を尊重してくれるので実質決定権は俺にあるのだが。
「何か参考になりそうなものあった?」
とりあえず話し合いだな。なお、俺の脳内の大半を殲滅の二文字で占めていた。
「あなた、よろしいですか?」
ティアラが何故か挙手製では無いのに挙手して話しかけてくる。うなずいて話を促してみた。
「大半が採用できない意見や対策案ですが、いくつか面白いものもありますし、有効な策でもあります。」
確かに殲滅して平和にしてからというのは得策か。「例えば?」と聞いてみる。殺しても生き返るからどうやって根本から駆除するかだよな。
「現在の状況の要因は神の不在が大きいと思います。本来神が居た世界ですから不在によって支えを失ったために戦闘行為を選んでいるんじゃないでしょうか。神託を下せることが出来るのであれば精神的には安定すると思いますよ。あとこの終の世界のルールを適応するというのも個人的にいいと思います。私も外見はエルフに分類されるわけですから冒険者にも興味があります。」
殲滅では無いことに残念な思いがあるが、興味がありますのあたりで、顔を赤くして上目遣いなんてコンボを貰うとは思わなかった。でも、なんと返事をしたら良いのだろうか?神託ってのは神のお告げな訳で神は死んでいるし、結果俺が理解できたのは俺の妻は誠実な妻であったが、中二病罹患者だったようだ。補足するが終の世界というのは地球の名称であったらしいが地球は地球という俺の意見で、地球人が居るゲーム世界の名称として現在使用している。セバスチャンうなずいていないで助けるのだ、この家の主が困っているんだ、執事のお前が助けないでどうする。諫言だ。許すから諫言だ。セバスチャンが口を開こうとしている。そうだいいぞ。
「それが一番実用可能な意見でしょうな。一太郎殿の蔵書の中にあるような冒険譚であれば足りないのはモンスターなどくらいですしね。」
賛同するな!と思ったがセバスチャンまでがこう言うと違和感がある。こいつは神が消滅したことを知っている。足りないピースがあるのに賛同するという状況。なるほど雑談だな。ショーンもノエルも笑っている。雑談だったのか。
「じゃあそろそろ具体的に決めていこうか。」
「大体の方針は決まりましたな。」
「何が?」
この光景は見覚えがあるな。まじめな話をしているときに下ネタを振った時みたいな反応だ。可哀想な子を見るような哀れみ溢れるまなざし。私にとってはご褒美では無い。不本意ながら私は公認の可哀想な子になった。ショーンは途中から茶菓子を食っているのでそんな目で見てこないというか参加していない。
その後のことはあまり記憶に無い。ショックで放心していたらその後の対応が全て決まっておりやるべき事も終わっていた。
『はぁ、神様からのお告げです。はぁ、これから歴史の開闢から現在までの死んだ人々と同数のモンスターが出現しますので準備しておくように。はぁ、出現は今から5百年後に開始するので準備しておくように。詳細は各国に一人ずついる今一番幼い子供に託す。はぁ、以上。質問は受け付けないから。』
などという変なお告げがあったり無かったり。した覚えが無いからこう表現するしか無いんだよ。




