↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の手を持つ私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~  作者: 都築七美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/9

【第4話】噂の公爵夫妻、夜会へ②

 東屋でアルバと話してから、数日。

 シエラはテオドアに呼ばれ、執務室を訪れていた。


 扉を開けると、テオドアはいつものように机へ向かっていた。以前とは違い、その横顔に疲労の色は薄い。


「旦那様、何かご用ですか?」

「ああ。これを」


 そう言って差し出されたのは、一通の封筒だった。


「君宛ての手紙だ」

「私に?」


 受け取って、差出人の名を確認する。

 その瞬間、シエラの指先が止まった。


「……エリザ」


 見慣れた名前だった。

 封を切ると、中から夜会の招待状と、どこか気取った美しい文字で綴られた手紙が現れる。


『親愛なるお姉様へ』

『ご結婚以来、一度もお会いできておりませんもの』

『せっかくの機会ですから、今度の夜会にはぜひ旦那様とご一緒にいらしてくださいね』


 文字を追うほど、シエラの眉間に皺が寄っていく。

 そして、最後の一文を読んだところで、その表情は完全に曇った。


『噂の“屍人公爵”様にお会いできることも、楽しみにしておりますわ』


(……相変わらずね)


 親しげな言葉を並べていても、その裏に何があるのかくらい分かる。

 エリザは昔からそうだった。

 花開くように美しく笑いながら、シエラを傷つける言葉を選ぶことにかけては、誰よりも長けていた。


「何と?」


 テオドアの声に、シエラは顔を上げた。


「今度の夜会に、旦那様と一緒に来てほしい、と」


「……そうか」


 それだけ答えたあと、テオドアはすぐには何も言わなかった。

 代わりに、手紙を握るシエラの顔をじっと見つめている。


「君が嫌なら、行かなくていい」

「え?」


 思いがけない言葉に、シエラは目を瞬かせた。


「無理に付き合う必要はないだろう」


 口調はいつも通りぶっきらぼうだった。

 けれど、その紫色の瞳は、シエラの反応を確かめるように静かにこちらを見ている。


 シエラは手元の招待状へ視線を落とした。


 華やかな夜会の片隅。長い前髪で顔を隠し、誰とも目を合わせられずに俯いていた過去の自分。

 遠くから聞こえてくるエリザたちの笑い声に、ただ耐えることしかできなかった。

 シエラは招待状を持つ手へ、そっと力を込めた。


「……私、行きます」

「いいのか?」

「はい」


 顔を上げる。今度は、逃げることなく真っ直ぐにテオドアを見つめた。


「もう、隠れないって決めたので」


 テオドアは何も言わなかった。

 ただ、しばらくシエラの目を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。


「……そうか」


 そして、手元の招待状へ視線を落とす。


「なら、俺も行く」

「え?」

「夫婦で招かれているんだろう」


 シエラの顔がぱっと明るくなる。


「はい!」


 その笑顔に、テオドアの目が一瞬だけ留まった。

 けれど、何も言わずに視線を逸らす。


 シエラはそんな彼の変化には気づかないまま、手の中の招待状を見つめた。

 今度こそ、顔を上げてあの場所へ行くのだ。


 *


 夜会の会場となる大広間は、すでに多くの貴族たちで賑わっていた。

 華やかな衣装に身を包んだ人々が行き交い、あちこちで楽しげな笑い声が弾んでいる。


 その中でも、ひときわ人目を引いていたのがエリザだった。

 淡い薔薇色のドレスには、胸元から裾へ流れるように繊細な金糸の刺繍が施されている。

 丁寧に整えられた亜麻色の髪と相まって、華やかな顔立ちをいっそう際立たせていた。


 そんなエリザの周囲には、いつものように数人の令嬢たちが集まっている。

 彼女たちはエリザを中心に輪を作り、楽しげに言葉を交わしていた。


「そういえばエリザ様。今夜はお姉様もいらっしゃるんでしょう?」


 令嬢の一人に尋ねられ、エリザは満足げに微笑んだ。


「ええ。旦那様とご一緒に」

「旦那様って……あの“屍人公爵”?」


 別の令嬢が、声を潜めながら身を乗り出す。


「一度見たら眠れなくなるほど恐ろしいお顔だとか」

「まあ、どうかしら」


 エリザは扇子を広げ、口元を隠しながらくすりと笑った。


「お姉様も、相変わらず?」

「ええ、きっとね」


 何気ない調子で答えながら、エリザの脳裏には昔のシエラの姿が浮かんでいた。

 長い前髪で顔を隠し、誰とも目を合わせられずに俯くシエラ。

 その隣には、以前遠目に見た“屍人公爵”の姿が重なる。


(どんな惨めな夫婦が現れるのかしら) 


 今夜もきっとシエラは、華やかな人々の中で居心地悪そうに小さくなっているはずだ。

 そこに“屍人公爵”が並び立ち、周囲からどんな目を向けられるのか。

 想像するだけで、愉快な気分になった。


 その時――。

 大広間の入口が、にわかにざわめいた。

 談笑していた人々が次々と口を閉ざし、一斉に扉の方へ顔を向ける。


「ミューゼル公爵夫妻、ご到着――」


 従者の声が響いた。

 エリザは待ってましたとばかりに口元を吊り上げる。


 大扉が、ゆっくりと開かれていく。

 そこに現れた姿を見て、エリザは目を見開いた。


 黒を基調とした正装に包まれた長身が、ゆっくりと広間へ姿を現す。

 艶やかな黒髪の下、長い睫毛に縁取られた深紫の瞳は、灯りを映して澄んだ光を宿していた。

 すっと通った鼻梁に、研ぎ澄まされたような端正な輪郭。


 華やかな貴族たちの中にあってなお、ひと目で視線を奪われる。


(……誰?)


 一瞬、本気でそう思った。

 けれど、その男がミューゼル公爵家の紋章を身につけていることに気づき、エリザの表情が強張る。


(まさか……)


 かつて“屍人公爵”と呼ばれていた男の面影など、どこにもない。

 そして、その隣に立っていた女性を見た瞬間――今度こそ、エリザは言葉を失った。


 淡いミントグリーンのドレスは、ふんわりと広がるスカートに繊細なレースを重ねた可憐なデザインだった。

 胸元や袖には小粒の真珠が散りばめられ、控えめながらも、一目で上質な仕立てだと分かる。

 丁寧に結い上げられた亜麻色の髪が、愛らしい顔立ちをいっそう引き立てていた。もう、その顔を覆い隠す長い前髪はない。


 背筋を伸ばし、顔を上げて。

 シエラは堂々と微笑んでいた。


 先ほどまで満ちていたざわめきが、いつの間にか消えている。

 誰もが入口に立つ二人を見つめたまま、言葉を失っていた。


 エリザの唇から、かすれた声が漏れる。


「……は?」


 そんな周囲の反応など意に介さず、テオドアは隣のシエラへ顔を向けた。


「行くぞ」

「はい」


 シエラは頷き、差し出された腕へそっと手を添える。

 二人は並んで、大広間へ足を踏み入れた。


 息を呑むほど端正なテオドアと、その隣で凛と前を向くシエラ。

 並んだ二人は、誰の目にも美しく釣り合いの取れた夫婦にしか見えなかった。


 エリザは目を見開いたまま、その姿を凝視していた。


(嘘……)


 信じられない。

 目の前にいる二人と、自分の記憶の中にいる姉夫婦が、どうしても結びつかない。


(あれが――)


 扇子を握る指に、思わず力がこもる。


(お姉様と、“屍人公爵”……!?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。