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新しい世界へ


「痛っ」


重い物体が草の上に落ちる音と、直後に続く痛みの叫び声。二人の若い女性はエビのように体を丸めてのたうち回り、しばらくしてようやく痛みが和らいだ。二人がゆっくりと体を起こし、お互いの顔を見た瞬間、感情を爆発させた。


「黒ずくめの盗賊って女だったの?この最低女め!」


ホクトは怒りに任せてすぐさま相手を指差して罵倒した。自分を散々悩ませてきた黒ずくめの盗賊の首領が、同じ女性だったとは。盗賊の女は一時停戦を求めるように手を上げた。


「騒ぐ前に周りを見ろよ!さっきまで私たちは列車の上で戦ってたのに、なんでこんな場所にいるわけ?」


盗賊の女はまだ混乱しており、左右を見回して周囲の様子を確認した。あたりは森に囲まれ、目の前には広大な草原が広がっていた。


ホクトはまだ怒りが収まっていなかったが、盗賊の女の言葉に従い、立ち上がって辺りを見回した。みるみるうちに顔が青ざめ、手が震え出す。恐怖と驚きが入り混じった感情がじわじわと体を支配し、その場にへなへなと崩れ落ちた。


「これ一体どういうこと!ここはどこなの!天国?私、列車に轢かれて死んだの?」


「それよ!私たち二人とも列車に轢かれたのよ。ここは天国じゃないでしょ、どちらかといえば地獄じゃないかな。あたしはそんなに善いことしてきた人生じゃないもん」


「あの……その……」


第三者の声が響いた。二人だけではないと気づき、急いでそちらに目を向けると、二十歳前後の若い女性が立っていた。ところどころに継ぎ当てのある古びた白っぽい修道服を纏い、一・五メートルほどの古い木の杖を手にしている。

青い瞳に、長く輝く金色の髪を前に垂らして三つ編みにしていた。整った顔立ちで、その青い瞳は当惑と好奇心の混じった表情で二人を見つめていた。二人もまた、白いローブ姿の彼女を食い入るように見つめ返した。


「あなたたちは何者?なぜ突然ここに現れたの?」


「こっちこそ聞きたいんだけど、あなたは誰?今ここはどこ?地獄、それとも天国?あなたは天使、それとも地獄の悪霊?」


二人は矢継ぎ早に詰め寄った。金髪の白ローブの女性はたじろいで、見知らぬ人物が近づいてくる不安を感じながら、少し後ずさりして様子を窺った。


「私はファリス。白魔法の使い手で、エイルという街に冒険者登録をしに向かっているところです」


「白魔法使い……何言ってるの、この人」


二人はファリスを奇妙な目で見ながら、この女性は正気なのかと心の中で思った。格好が変なだけでも十分なのに、自分は白魔法使いだと言うのだから。


「それで、あなたたちは何者?名前は?どこから来たの?」


「私はワーン。タイから来たの」


「え、ワーンちゃんって言うの!」


ショートカットの若い女性が自己紹介する。ホクトが話を遮り、見下すような刺のある視線を向けた。


ワーンはその視線に気づくと不満げに睨み返した。もともと因縁があるうえに、そんな目で見られるのはあからさまな侮辱だ。二人は互いに睨み合い、空気が張り詰めた。また殴り合いが始まりそうな気配が漂った。


「まあまあ落ち着いて。長い髪のあなたのお名前を教えてもらえますか?」


ファリスが急いで話題を変えようとした。これ以上二人の口喧嘩がエスカレートする前に。


「私は藤原北斗。日本国警察の警察官です。ホクトと呼んでください」


「お名前が皆さん変わっていますね。それで日本という国はどこにあるんですか?聞いたことがなくて」


ファリスは困惑した顔で答えた。二人の見慣れない格好を眺めながら、心の中で思った。名前もかなり耳慣れないものだと。


その時、ある考えが頭をよぎった。頬に指を当てながら苦笑いを浮かべ、二人にここへ来るまでの経緯を話してくれるよう頼んだ。


ワーンとホクトは顔を見合わせ、交互に自分たちのことを語り始めた。三人はしばらく話し合い、ワーンとホクトはそれぞれの故郷のことと、列車の上で戦った出来事を話した。


話し終えると、二人は疲れた顔でため息をついた。ファリスは眉をひそめながら、特に「列車」という言葉が全く分からず聞き続けた。


ファリスは腕を組み、目を閉じて俯き、二人の話を考察した。場所も列車も聞き覚えがない。高い所から落ちて頭を打ったせいで、おかしなことを話しているのかもしれないとも思った。


「それで、これからどうするつもりですか?」


二人は黙ってファリスを見つめ、何も言えなかった。ワーンは腕を組んで考え込み、ホクトも同様だった。二人は自分たちに起きているこの奇妙な出来事を受け入れようとしていた。


ホクトは目を細めて周囲を見回した。大きな木々、広い草原、見たこともない赤い変わった形の花々。心の中では混乱していて、起きていることを認めたくなかった。


家族のこと、ミヤコのこと、職場のことが頭をよぎった。考えれば考えるほど体も心も重くなっていく。彼女は自分の頬を思い切りつねり、大きな声を上げた。


ファリスはホクトの声に振り向いた。今の彼女の目に映るのは、ホクトのうつろな悲しげな瞳。地面を見つめ、生きる気力を失ったように座っていた。


「仕方ないわよね。せっかくここに来たんだし、家に帰る方法を見つけないと」


タイ人の若い女性が三歩前へ歩み出て、地面に座り込んでいるホクトの前に立った。日本人の彼女を見下ろし、不思議な笑みを浮かべた。


「一緒に来る?家に帰る方法を探しましょ。ほかのことはひとまず置いといて。でも今の状況を受け入れられないなら、そこにある刀を抜いて自分を刺して死んじゃいなさいよ」


混乱して悲しみに暮れていた気持ちが、ワーンの一言で一瞬で吹き飛んだ。ホクトはぐっと歯を食いしばり、タイ人の女を見据えて怒りに震えた。


「さっきあなたが冒険者登録に行くって言ってたけど、一緒に連れていってもらえませんか?」


よく考えた末、ファリスと一緒に旅をすれば少なくともこの世界のことを教えてもらえる。腰に手を当て、魔法使いだと名乗る彼女の青い目を真剣に見据えた。


「そうなのよ、私たちどうしたらいいか分からないし。とにかく一緒に連れて行ってほしいんだけど。ほかのことは後で考えましょ」


ホクトも同じことを考え始め、同じ言葉を口にした。立ち上がり、自分に起きている奇妙な出来事をようやく受け入れた目で頷いた。


ファリスは二人の見知らぬ人物を見つめ、深く同情を感じた。このまま二人だけで行かせたら、森の魔獣に殺されてしまうかもしれない。


「いいですよ。三人で旅をする方が一人より絶対にいいですしね」


ワーンとホクトは表情を変えずにお礼を言いながら、片手を差し伸べてファリスが立ち上がるのを手助けした。


「もう午後ですから急ぎましょう。夜になる前に安全な宿を見つけないと、深夜に魔獣が出るので」


異世界からの二人は「魔獣」という言葉に引っかかり、少し目を細めた。何のことか全く分からない。


ファリスは笑って説明した。魔獣とはこの世界に自然に生息する生き物で、陸にも水にもいる。危険度、希少度、利用価値によって分類されている。


「クラスはE〜Sですね。EはOもっとも低く無害です。Cから上になると凶暴で倒しにくくなります。体はそれぞれの種類ごとに利用できて、素材や体の一部は売ることができます。冒険者ギルドや商人ギルドが買い取ってくれますよ」


二人は腕を組んで理解しようとした。故郷で狩られる動物を思い浮かべた。食べられるものもあれば、希少なもの、角、牙、高値がつくものもある。


「Sクラスはどんな感じなの?」


ファリスはさらに説明した。Sクラスは極めて希少で、並みの人間では太刀打ちできないほど危険だ。高ランクの魔獣を討伐しに行った冒険者たちが全滅したり行方不明になったりすることも珍しくない。そのさらに上には伝説の魔獣がいて、記録と言い伝えだけが残っており、国一つを滅ぼす力を持つという。


「それで冒険者ってどういう意味なの?」


ファリスは午後の傾きかけた太陽を見た。歩いてきた距離を計算すると、これ以上遅れてはいけない。


「今夜説明しますね。今は急いで出発しましょう。日没前に草原を抜けないと非常に危険なの。夜になるとCクラスの魔獣がこの草原を徘徊しますから」


ファリスは先頭に立って草原を突き進み、二人に続くよう呼びかけた。ワーンが二番目に続き、ホクトは刀を肩に担いでしんがりを務めた。


ホクトは日差しが反射して輝く金色の髪に目を止めた。ファリスはなかなかの美人だ。自分たちの世界にいたら大した人気者だろう。それでも、女一人で森の中を歩くのは危険すぎないかと疑問に思った。


この草原の草は黄みがかった緑色で、しばらく雨が降っていないのだろうと思わせた。草の高さは足首ほどだったり、腰まで茂った箇所と交互に入れ替わっていた。


三人はたっぷり歩き、日が西に傾き始め、陽光が和らいでくる時間帯になった。広大な草原のただ中で、はるか前方に見える森の端を目指して進んでいた。


ホクトは腕を組みうつむきながら、これから先の未来について考えを巡らせていた。それよりも気になっているのは、元いた場所に戻る方法だ。


腰に帯びた刀を肩に担いで考えに耽っていると、脇の草むらでがさがさと音がした。思わず目が向く。


草むらが揺れ、何かが動いていた。彼女は二人に合図し、注意を促した。三人は瞬きもせず、草むらに潜むそれが何なのかをじっと見つめた。

ホクトはゆっくりと刀の柄に手を添え、いつでも抜けるよう構えた。やがてそれが姿を現した。


灰色の毛を持ち、見た目はウサギに似ているが大型犬ほどの大きさがある生き物だった。一番目を引くのは、額の真ん中に一本だけ生えた三十センチほどの尖った角だ。


「え、なにこれ、何の生き物?」


ワーンが声を上げ、見たことのない生き物に驚いて後ずさり、その場に尻餅をついた。


「ああ、これはホーンラビットですよ。最下位クラスEの魔獣です。人間には友好的で、全く危険はありませんから安心してください」


「さっき言ってた魔獣ってこういう生き物のことなの?」


ホクトは目を見張りながら巨大なウサギを眺めた。自分たちの世界に持ち帰れたら、天文学的な値段で売れるだろうと頭をよぎった。


「そうです。森や山、水場など自然の中に生息する生き物を魔獣と呼びます。いくつかのランクに分類されていて、最低はEクラス、その上がDク


ラスです」


「食べられる?」


ワーンは興味津々にホーンラビットを見つめながら聞いた。立ち上がって近づいて行くが、ホーンラビットは人間を怖がる様子もなく草を噛みながら穏やかに三人を眺めていた。


「こちらの人たちはほぼ全種類食べますよ。角、毛皮、内臓、種類によっては薬や魔法道具の材料になるものもあります。冒険者ギルドや商人ギルド、魔法道具屋がクラスや希少度に応じた価格で買い取ってくれます」


ホクトは鞘から刀を引き抜きながら話しかけた。ゆっくりと角つきウサギに近づいていく。


「ちょっと、何するの?まさか殺すつもり?」


「そうよ。ここに来てから何も食べてないじゃない。食べられるなら、旅の食料として確保しておく必要があるでしょ」


ホクトはじわじわとホーンラビットに近づいていった。ウサギ自身は迫る危険に気づかず、友好的な目で三人を見つめていた。


ホクトはついに間合いに入り、頭上に刀を振り上げた。重要な箇所に狙いを定め、一撃で楽に終わらせるつもりで集中した。


ところが、そのとき別の草むらからがさがさという音が聞こえ、親ウサギの後から子ウサギが三匹飛び出してきた。


「あら、子持ちだったの!」


彼女は驚いて声を上げた。まさかメスで子連れだとは思っていなかった。危うく気づかずに子持ちの母親を殺すところだったという後味の悪さが込み上げてきた。


「まあ、お巡りさんったら随分と冷酷なんですね。子連れなのにまだ殺そうとするなんて。盗賊の私でもそんなことはしませんよ」


ワーンがからかうように笑いながら言った。ホクトは笑えない表情で振り返り怒りの目を向けた。


「考えが変わったわ。このウサギは殺さない。でも代わりにあなたを殺してあげる」


言い終えるやいなや、ホクトは刀を握ったまま突進してきた。ワーンは驚いて即座に踵を返し、全力で逃げ出した。


「ホクト!冗談だって、ちょっとからかっただけじゃない。本気にしないでよ!」


「うるさい。黙ってそこで斬られなさい!」


二人は目の前の大きな森へと走り込んでいった。ファリスは慌てて後を追い、止めようとした。


「もう、またケンカしてる!二人とも待ってよ〜!」


ホクトはワーンを追いかけて深い森へと踏み込んだ。ワーンは方向も定めず走り続け、メインの道から外れて森の奥深くへと迷い込んでいった。


二人は同時にぴたりと足を止めた。目の前に巨大な生き物が現れたのだ。センザンコウのような形をしているが、ネズミに似た体つきで、全身に鎧のような大きな鱗をまとっており、体長は五メートルを超えていた。


二人は呪いをかけられたかのように硬直した。生まれてこのかた見たことのないような巨大な怪物を前に言葉を失った。魔獣は突進してきて、ホクトへと爪を振るった。


ホクトは難なく身をかわし、刀で反撃したが、刃物も弾き返すような分厚い鱗に阻まれ、手がしびれるほどの衝撃が返ってきた。


巨大な魔獣は反撃されたことに激怒し、ホクトに爪をたたきつけ続けた。体が大きい分、動きは遅い。高い格闘技術を持つホクトの前では、魔獣の攻撃を軽々とかわし続けた。


ワーンは魔獣が油断した隙を狙い、首の後ろの分厚い鱗の上に飛び乗った。


「鎧砕き拳!」


ワーンは魔獣の頭頂部に全力で拳を打ち込んだ。魔獣はほんの一瞬だけ動いて、やがて口と鼻から血を流し、その場に倒れて絶命した。ホクトはワーンを険しい目で見つめ、無言の問いを送った。ワーンはその意図を察して説明した。


「鎧砕き拳は、強力な防御を持つ敵に対して使う技よ。普通に鎧を殴っても力が分散して攻撃力が失われてしまう。でもこの技の原理は、力を一点に集中させて中に衝撃波を通すことで内部を破壊するの」


ワーンは得意げに口角を上げた。ホクトは何も答えなかったが、以前に戦った相手の実力を改めて認識した。今後また衝突することがあれば、十分に気をつけなければならない。


話が終わるかと思いきや、ワーンは空に向かって拳を繰り出した。衝撃波が生じ、ホクトへ向かって飛んでいく。彼女は刀でその波を弾き返した。


「このっ!奇打ちするなんて最低ね!」


「違うわよ。使い方を実演してみせただけ。空中に向かって拳を打てば、遠距離攻撃もできる。この技は覇空砕天拳と言うの」


ワーンが拳を掲げてほくそ笑んだのもつかの間、巨大な魔獣の死体から飛び下りて、ホクトが刀を空気中で振るった斬撃波を躱した。


「どうせだから、私たちの間の積み残した問題を今ここで片をつけましょうか、ホクト」

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