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副長のおっちゃんの胃に平穏は似合わない


さて、副長のおっちゃんはもう、俺が何を話しても発狂しかけるやべぇスイッチが入ってしまった訳なんですけども。


副長としての威厳が、所持金を全部溶かすタイプのFX並みに急降下してることを、そろそろ指摘した方がいいのかな。

ほら、ハンネスさんが心配そうにこっちを見てるよ、副長のおっちゃん。

あーた、冒険者ギルドのNo.2でしょ?大丈夫?

……うん、大丈夫じゃないな。この光景は駄目だね。

よし、てな訳で、落ち着いてもらおうか。


俺は副長のおっちゃんの周囲のマナに働きかけて、現象を発現させる。



『心静如水(しんせいじょすい)』



はい、こちら心を落ち着かせる効果のある水属性の強化魔法でござい。

たとえ目の前でツチノコがタンゴのリズムを刻んでたとしても、この魔法を使えば一瞬で冷静になるんだから。凄いんだから。


さて、人に強化魔法を掛けるのは初めてだけど、ちゃんと効いてるかな?



「嗚呼……世の諸行は常に事亡きかな。流れとは、抗うものでは無く、ただ在るが儘に有る。その中で流れる者は流れ、留まる者が留まる。そう在るが真理」



……あ、やべ。

なんか仏みたいな顔になってる。効き過ぎだこれ。

副長のおっちゃんが一つ上の存在に成っちゃう。

別の意味で不味い事態になるやつだこれ。

ほら、さっきからチラチラと、あれは大丈夫な状態か?一旦副長の方へ行って話を聞くべきじゃないか?って視線を向けて来てたハンネスさんも、急に悟りモードに入った副長のおっちゃんを見て、頭上に?マーク量産し始めたもん。


大丈夫、大丈夫。ちゃんと元に戻るやつだから。精神汚染とかそういう類の魔法じゃないから。ハンネスさんは講義続けて。

という旨の視線をハンネスさんに向けると、かけらも信用してなさそうな怪訝な表情が返って来て笑った。

本当に大丈夫だから、ほら、魔法解除、解除。CtrlキーとZキーは何処じゃろか。


という感じに、急いで魔法を解除したら、何とかいつもの副長のおっちゃんに戻った。

まさか、ここまで効果覿面とは。

魔法に対する抵抗力が課長神と比べるとべらぼうに低い。まあ、神を相手に比べる方がどうなんだって話ではあるんだけどさ。

今回はそこら辺を考慮したつもりだったけど、まだ甘かったようだ。次はもっと気を付けよう。



「ちょっっっっっっっと、待て?今の何?」



「え、魔法」



うんうん、目も口もピクピクさせて胃の辺りを押さえてる。いつもの副長のおっちゃんだ。



「一瞬で世の全てをありのまま受け入れる心境になる魔法なんて聞いたこともねえんだけど?」



「掛かり過ぎちゃったね」



いやあ、焦った。

だって完全に悟りの境地に至った顔してたもん。ちょっと落ち着いてもらおうとしただけなのに、異世界に新たな仏陀を生み出す所だった。

危ない危ない。



「……いや、しかし、実際に起こったという事実は否定出来ないんだから、これもまた世の理として受け入れるべきなんじゃないか?」



なんて考えてたら、副長のおっちゃんが妙に澄んだ瞳で考え込み始めた。

あれ、まだ効果残ってる?リセットしなきゃ。

よく見たら、副長のおっちゃんのオドの流れがちょっと乱れてる。ちょいちょいと元通りに直して。

さて、どうかな?



「戻った?」



「は?何が?」



確認すると、胡散臭いものを見るような顔をされたということで。心なしか目も濁ってる気がするし、ようやくいつも通りですね。

いや、それがいつも通りで良いんか?

もうちょっと、ほら、目に輝きというかさ。

そんな濁った目になったのって、もしかして俺のせい?

……いや、割と初対面の頃からそうだったわ。

うん、副長のおっちゃんのいつも通りは、これでいいね。



「つうか、聞きたいのはこっちなんだけどな?」



そんなことを考えていたら、副長のおっちゃんが何やら質問があるらしいでごわす。

え、どーしたん?何か気になることが?

そう聞くと、副長のおっちゃんは深ぁい溜め息を吐いてから、口を開いた。

肺の中の空気全部吐き出す勢いで笑う。



「いや、お前どんな魔法を使ったんだって。精神汚染系か?」



精神汚染て。あーた、それ、ちょっと失礼なんじゃありませんこと?

流石のあっしでも、そんな魔法をほいほいと人に使うなんてことはしませんが?

え、使いそう?遺憾の意を表明します。



「んな訳。歴とした浄化系ですぅ〜」



精神的な状態異常なら、何でも無効化出来るんだぞぉ?凄いんだぞぉ?



「セレニティ系?いや、どっちにしろあんな効果聞いたことも…………」



と、会話中にも関わらず、副長のおっちゃんは、急に黙って何かを考え込み始めた。

え、どした?目の前で手をパタパタさせてみるも、完全に無反応。急に無視されると悲しいですよ?後、ブツブツ言ってて怖いのですが?



「一瞬で全てを浄化する、神級の浄化魔法ディバイン・セレニティ……。かつて教会を作った初代教皇のみが使えた伝説の魔法を、黒髪が?」



おや、副長のおっちゃんの顔が青褪めて来た。

またお腹痛いのかな?



「んなもん、教会の権威を守る為に全力で消しに来る。この街ごと、更地になるぞ」



そんなことを思ってたら、青を通り越して紫になって来た。え、人ってそんな顔色になること可能なの?どうやってんの?


そんな感じで、顔色がみるみる変わっていく副長のおっちゃんの様子をまじまじと確認していると、今度はものの数秒で脱水症状になるんじゃないかって位の量の滝汗をかき始めたかと思ったら、命乞いをするような顔で俺の肩を掴んで来た。



「ツバサぁ!その魔法はもう使わないで!お願い!」



「え、別にいいけど、なんで?」



「歴史の闇に葬り去られちゃうっ!」



「何それ怖い」



何があって話がそんな飛躍したんですかい。

え、もしかしてこれ、さっきの魔法の副作用だったりする?

落ち着き過ぎた反動で、疑い深くなり過ぎてたりしない?



そんなことを考えて不安になっていたら。



「待て!!」



複数人のどよめきと、ハンネスさんの切迫詰まった静止の声が、訓練場内に響き渡った。

お次は何じゃらほい?

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