1人じゃなければ、寂しくない
足を早める前に、一度振り返って麒麟もどきへ静かにするようにゼスチャーで伝える。
奴は俺達の前方に居る男の背中にチラリ視線を向けた後、我が意を得たりと言わんばかりにこっくりと頷いた。
良し。意図は伝わった。
『静寂』
そして止めに、隠密用に用いられる強化魔法を発動して、動作音を聞き取り辛くする。
これで準備は完了。近付く前に逃げられることもないだろう。
いや、彼と話してみた感じを思い出すと、逃げ出すような性格ではないとは思うんだけどね。念の為ね。絶対に、必ず、断固として逃さない為にね。
そんな不退転の意思を持って……レディ、ゴー!
「えーるーがーんーくーん」
と、前方でランニングをしていた男——三日月堂で知り合った、爽やか寄りの美丈夫、エルガン——を、追い越さんばかりに加速し、声を掛けながら迫る。
背後から名前を呼ばれたことに気付いたエルガンが、歩を緩めながら振り返る。
その視線がこちらを捉えた瞬間、その切れ長の目が大きく見開かれ、びくりと肩を振るわせた。
「な、何だ!?」
その驚愕っぷりを全身で表しながら、エルガンは立ち止まった。
エルガン視点だと、音も立てずに地面スレスレを滑る落書きと、殆ど音を立てずにダッシュしている俺が迫って来ているのだから、その反応も頷ける。
やったぜ。サプライズ成功だ。
戸惑うエルガンの目の前で立ち止まり、魔法を解除しながら右手を顔の横で軽く振る。
「おっす。元気?」
「おっす。息災であるか?」
「な……何事だ?」
余りにも不自然に、自然な挨拶をする。
その挨拶に返答が来るまで、ちょっと時間が必要なようだった。
暫し時間を置いて状況を理解したエルガンは、爽やかな笑みを浮かべながら口を開く。
「何事かと思えば……タカセツバサじゃないか。それに……」
と、エルガンは少し困ったような表情で麒麟もどきを見た。どした?
「すまないが……貴公?で、いいのか?……とりあえず、何と呼べば?」
「ふむ……我は呼称に頓着せぬ。好きに呼ぶがよい」
「そ、そうか……?ううむ?」
名前を聞いたら、何でもいいと言われてしまったエルガンが、苦笑しながら俺を見た。
どうやら助けを求めてるみたいだね。
ここは、麒麟もどきの真名とやらを教えてもいいんだけど、それだと呼び名としては長過ぎるし、キモいし、そもそも俺がやつの名前を正確に覚えてるか怪しい。
なので、ここは俺が普段心の中で呼んでいる麒麟もどきという呼び方を正式採用してみたらどうだろう?確認を取ってみる。
「じゃあ麒麟もどきでいいんでない?それで良き?」
「良きである」
「おっけー。てことで、エルガン。これ、麒麟もどき」
「うん?……うむ、そう……そうなのか?」
そういうことになったよって報告すると、エルガンは絶対に何も分かってないだろって表情で頷いた。
混乱しているのだろう。可哀想に。
つまりまだ状況を把握出来てないな。よし、今の内になし崩し的に巻き込んでしまおう。
逃さぬ……絶対に逃さぬぞぉ。
「でさぁ、エルガン、走り込み中っしょ?俺達も走り込み中なんだけど、土地勘ないからさ、ちょっとついていっていい?」
「む……?あ、ああ……」
「あざーっす。じゃあ、走りながら話そ。俺らはついてくから。よろ」
「お、おう?」
首を傾げながらも、エルガンは走り始めた。
その後ろを、計画通り、と笑いながら、俺はついていった。
それから、俺はエルガンと並んで走り、麒麟もどきは俺達の後ろで相も変わらず、浮いていた。
いや、浮いていたってなんだよ。そう思うけれど、そのままの意味なのだから、誠に遺憾としか言いようがない。
それは考えても意味がなく、理由を聞くと世界の深淵を覗く原因になりかねないので、全力で脇に置いておくとして。
走り始めて数秒経った頃。
俺達に話題を振ってくれようとしたエルガンは、周囲が皆一様に驚愕の表情でこっちを見ていることに気付いて、怪訝な表情をする。
その原因を考えたのだろう。一瞬だけ首を傾げたと思ったら、目をかっぴらいた直後に音が聞こえる位の勢いで振り向いた。思い当たるの早過ぎて笑いそうになった。
振り向いた先には、身動ぎもせず地面スレスレをスライドするように動く麒麟もどき。
エルガンはそれを見て口を開けたり閉じたりしていたかと思うと、振り返った時より強く隣を見た。
睨み付けるとか、凝視するとか、そんぐらいの強さで。
どうやらお気付きになられたようだ。
俺は満面の笑みを返す。
エルガンの目元と口元がひく付いた。
気付くのが遅いよぉ。
君、一緒に走っていいって、言ったよね?
ふーはははは!一緒に地獄に堕ちようぜぇ!




