摩訶不思議珍妙奇天烈水平飛行
さて、それから、ガーネは作戦を『がんがんきこうぜ』から『ごはんだいじに』へと切り替えたらしい。さっきまで麒麟もどきに興味深々だったのに、それが全部ご飯に向いた。
話題が、全部ご飯のことになったのだ。
なんだったら麒麟もどきのことを忘れてるんじゃないかって不安になるレベルだった。
なるほど?この人、目の前のことしか見ないタイプだな?
刹那的だね。嫌いじゃない。
そう思いながら話をしていたんだけど、高速で朝食を平らげたガーネは、そこで丁度良く眠気の限界が来たらしく、大きな欠伸をしながら、自分の部屋へと帰って行った。
その後ろ姿を見ながら、俺は思ったね。
マイペースが過ぎやしませんか?って。
面白過ぎるでしょ。
ミテラさんから聞いた話によると、ガーネは『翠狐のねぐら』の常連らしい。
つまり今後も彼女と話す機会は多く訪れるだろう、とのこと。
面白い人だったから、非常に楽しみです。
ただし、麒麟もどきとは鉢合わせないようにして頂きたい。
そんなこんな、べらぼうに濃い朝飯の時間を終えた現在。時刻は、前世の頃の基準でいうと、大体7時半過ぎた辺り。
まだこんな早い時間なのに、めっちゃ疲れてるんだけど。やばたにえん。
とは言え、今日の予定的にはこれ以上疲れるイベントはない筈なので、大丈夫だろう。
そんな心持ちで、さて、じゃあ今は何をしようかと考えた。
俺は日課である朝の鍛錬のついでに、今日のメインイベントである街の散策の下見として、軽くランニングでもしようかと思ったのである。
いや、大丈夫。
疲れたのは精神面の話だから。肉体的にはむしろ元気だから。
あ、因みに何で下見なのかって話だけど。
朝早くてあんま店とか開いてないだろうなって思ったからです。
そんな感じで、とっても気軽な気持ちで、後先のことをこれっぽっちも考えていなかった過去の自分を、1発ぶん殴ってやりたいと思う。
馬鹿野郎と。お前よく考えなさいと、声を大にして言いたい。
「早朝であるからか、彷徨う人の子の数が少ないな、資格者よ」
「…………」
「心無しか、空中を揺蕩うマナも緩やかである」
はい。という訳で、現在。
俺はひたすら無言を貫きながら、街中を走っている最中なんですけども。
……ええ、お察しの通り、麒麟もどきがついて来た訳です。
それの何が問題か、だって?
いやね?ついて来たこと自体は、何か問題があった訳じゃないのよ。
確かに、こいつの見た目を考えると、衆目から注目されるだろうことは分かってた訳で。でも、こいつが居なかろうと、俺は黒髪だから良くない注目を集めるとこも分かってた。
だから、まあ、特に状況が変わることもないかと。そんなことを思ってたんですよ。
しかしだね、問題がね、起こったんですわ。
こいつ、地面から数㎝の高度を保って水平飛行(?)しながらついて来たんですわ。
おたく、なんでそんな息をするように珍行動を連発するの?本当に、何してくれてんの?
落書きみたいな謎生物が、直立不動で縦横無尽に地面を滑る図ってさ、めちゃくちゃ目立つんですけど。
すれ違う人全員がね、二度見、もしくは三度見してるじゃん。
誇張とかじゃなく、本当に全員が目ん玉飛び出しそうな目でこっち見て来るんだから。瞠目って、正にこのことを言うんだろうなって。そんなお手本みたいな驚いた表情を、俺は数秒の間に何回見たらいいの。
恥ずかしいとかそういう以前に、めちゃくちゃ気まずい。俺が黒髪だからって注目される方が、まだ100倍はマシなんですけど。
ヤバいな。今回はトップクラスだ。
いや、登場する度に最大級を更新する生き物ではあるんだけどさ、これ。それにしたって流石にこれは今までで1番キモい。キモ過ぎる。
他人のふりをしてるのに、お構いなしにガンガン話しかけて来る所も含めて、キモ過ぎる。
何だろう、これ。何の罰ゲームなんだろう?
俺が何をしたって言うのよ。辛い。
…………本当に。さっきまでの能天気な自分に、教えてやりたい。
あの、摩訶不思議珍妙奇天烈な謎の生物、麒麟もどきが、普通に、極々ありふれた状態で、存在するなんて奇跡が起こる訳がないだろ、と。
常識ってのはな、つまり今まで生きて来た内に、徐々に積まれていった偏見の集合体なんだぞ、と。
この世の中に存在する、ありとあらゆる後悔を心の内に溜め込みながら。しかし、一度始めた鍛錬を途中で投げ出すという選択肢はさらさらなく、ひたすら世の無情を噛み締めて走っていると、見知った後ろ姿を見つけた。
俺は、走るペースを上げて、そいつの元へ急ぐ。
丁度良い所に居るじゃないか。なあ、ちょっとお話ししようや。この不審が全身を覆ってる化け物と2人きりは、もう辛いんだ。
苦労を掛けるが、粛々と巻き込まれてください。絶対に逃さない。




