おはようの側に混沌
爽やかな朝日と、鳥の声に変わって馬の嘶きで、おはようございます。
さて、昨日と同じような音で目を覚ました訳だけども。
真横で馬が五月蝿いから起きた昨日と、起きたら外で馬の声が聞こえただけの今日と、その違いが分かるかね諸君。
控えめに言って雲と泥。いやさ、天と地。
目覚めの瞬間の爽快感が半端ない。病みつきになりそうだぜ。
家畜臭くないし、身体も痛くない。そんで何と、頭に牧草が刺さってない。
それの何と素晴らしいことか。
そんで、このはっぴーな心を更に後押しするのは、朝食。
何とですね、この宿『翠狐のねぐら』は、毎日朝食が出るのです。
あの、勝利を約束されし美味なる食事が、泊まるだけで毎日食べられるのですって。
最高だぜこれ。うきうきわくわくだぜこれ。
部屋は清潔感があって綺麗だし。ベッドの寝心地も良し。文句なしに『翠狐のねぐら』は良宿だぜこらぁ。
レビューサイトで星5つけちゃう。
下の階から薄っすらと漂って来ている良い匂いがね。もうね、たまんないの。
今日は良い1日になりそうな予感がするね!
…………なんて思っていたのが、ついさっき。
うん………………。
いや、本当に、そう思ってたんだけどなぁ……。
ほんの数秒前まで。
前言撤回の必要が出て来たかもしれない。
なんJ民並みに掌くるっくるやぞ。そんな事があってええんか。
お前に聞いとんねんやぞ。せや、お前やお前。麒麟もどき。
「世に充満せし混沌に誘なわれ、我、参上」
「誘ってなぁい……」
気持ちの良い朝の快晴の空を眺めて、存分に良い気分に浸ってから後ろを振り向いたら、なんか黒と金の落書きが部屋のど真ん中に陣取ってたんだけど。
何でぇ……。
「資格者よ。実に善き黎明の祝福が満ちているな」
「首を傾げる動作がぬるんとしてて気持ち悪いよぉ……」
首が、どぅるんって飛び出す心太みたいに曲がってるんだけど、若い竹みたいに芯のある動きなの超キモい。
どんな質感なのか皆目見当もつかないってぇ……。話し方も相変わらず厨二感満載だしさぁ……。
一言声を発するだけで、もうツッコミ処がいくつも出て来ちゃったじゃん。もうヤダこの謎生物。
「そしてこの領域内は実に好ましい。混迷極まる坩堝としての残滓が、他よりも濃密である」
「何が言いたいのか全然分かんないよぉ……」
梟みたいに顔を動かすな。キモい。
どうやって首を動かさずに頭を動かしてるの。訳分かんない。
何なのって思ってたら、不意にめっちゃこっち見て来た。
顔らしき場所にただの黄色い丸が2つあるだけなのに、何でこっち見てるのが分かるんだろう。
しかも、これ絶対目が合ってる。だから何で分かるの?怖いよぉ……。
「して、資格者よ。秩序に終焉を与える刻は、間近ではないか?」
「いや、間近ではないよ?」
なんて思ってたら、謎の質問をして来た。何やら物騒なことを聞かれた気がする。言ってることはよく分かんないけど。
絶対また時を刻って書いてるし。
何がしたいんだろう、こいつ。
気にはなるけど、知りたくはない。そんなお年頃。
「で、あるか」
「いや第六天魔王みたいに言うのやめて?」
俺の答えに何を思っているのか、やたらと間を使って頷く麒麟もどき。
落ち着き払った歴戦の武将みたいな立ち振る舞いすんな?
お前見た目落書きだぞ。分かってる?
だって言うのにさ、やたらと声渋いんだよな。この幻獣みたいな落書き。
見た目とのミスマッチ感半端ないの。これ以上情報量増やすのは勘弁して欲しい。
「なれば資格者よ……これより何を成す?」
俺のツッコミを気にした風もなく、話を続ける麒麟もどき。
何で君そんなぐいぐい俺の予定聞いて来んの?俺に興味深々?
こっちはぶっちゃけ、君の一挙手一投足が謎過ぎて疲れるから、あんまり関わりたくないよ?
分かってくれるかな?
とは思いつつ、避けるのは可哀想なので相手はするんだけど。
「成すって程大仰なことはしないよ?だってこれから朝飯だもん」
「朝餉か。確かに鼻腔を刺す食物の香りが階下より漂っているな」
うんうんと頷く麒麟もどき。
言い方がずっと物々しいね君。朝餉って。いつの時代の人なんだい。
いや、人じゃないんだけどねどう見ても。
「じゃあ、俺は行くけど……」
と、部屋の扉を指差す。
すると麒麟もどきは了承の意を示すように一つ頷いた。
特に止められたりすることもなかったので、そのまま部屋を後にしようと扉に向かって歩き出す。
麒麟もどきは何も言わずに俺の後を着いて来た。
あ、やっぱり着いてくるんすね……。
やっぱり今日は良い日じゃないのかもしれない。
絶対にカオスになる。そんな予感がひしひしとした。




