第12話 魔女とお茶会
顔色を青くしていたラーゼであったが、バルカが声をかけるとむすっとした表情を向けてきた。
「別に、もういいわ。それじゃ」
そういいながら、ラーゼは青髪の少女を払いのけるようにして立ち上がるが、体勢を崩しまた椅子へと倒れこむようにして座った。
苦悶の表情を浮かべていた。
「あぁ、もう……」
そんな自分にもいら立つのか、ラーゼは弱弱しくも悪態をついていた。
「駄目です、ラーゼ。今は安静にしておかないと……」
「ふん……」
青髪の少女が心配そうに声をかけるが、ラーゼはぷいっとそっぽを向く。
これはしばらくずっと同じことを繰り返しているようだなと判断したバルカは、ここは無理やりにでもラーゼを休ませてやろうと思った。
それに、店先で言い合いを続けるのも迷惑だろう。
「他人の心配を無碍にするにはよくないと思うぞ。ほら、店前で意地張るなんてみっともないでしょう? それに、顔色も悪い。何か飲んだ方がいい」
理由はわからないが、ラーゼの症状はどことなく熱中症に似ていた。
確証があるわけでもないが、汗もかいていたし、立ち眩みも酷そうだった。呼吸も荒い。
今はまだ夏でもないし、気温も高くないはずなのだが。
「ほっといて頂戴」
「スポンサーに何かあって、困るのはこっち。それに、顔見知りを放置するのは、こっちの名誉にもかかわる。君も名誉を大事にするなら、わかるだろう?」
工場でのやり取りに対する皮肉を込めたわけではないが、結果的にはそうつながるようなことを言ってしまった事にあとで気が付いたバルカであったが、ここは押し切る方向で言い切った。
「どうするの?」
「……はぁ」
ラーゼはぶすっとしたままだったが、先ほどのように突っぱねるような意志は感じなかった。
好きにしろといった感じだろう。彼女としても体力の限界に近いのかもしれない。
「ほ、ほらラーゼ。お店、お水とか何か貰って休ませてもらいましょう?」
「わかったわよ、その甲高い声出さないで」
少女に連れられながら、ラーゼはしぶしぶといった感じで店内へ。
バルカもその後ろをついていく。
さすがに、子供三人だけの来店は珍しいのか店員はほんの少しだけ驚いていたが、それだけだった。開いているテーブルに案内され、注文を聞かれる。
「この子、体調悪いみたいで、水を。あと、そうだな……フルーツってあります?」
熱中症には水分補給だけではいけないというかすかな知識を覚えていたバルカは咄嗟にフルーツも注文した。あいにくと、熱中症に効果的なフルーツは知らないが、何も食べないよりはましだろうという判断である。
それに塩分を取らそうにも食事は無理そうだった。
「君、何か飲む?」
「え?」
注文をしつつ、バルカはラーゼに付き添う名前の知らない少女へと聞いてみた。
少女はびっくりしつつ、バルカをまじまじを見つめる。
「わ、悪いです」
「そういうわけにもいかないんです。ここは僕の顔を立ててください」
「そ、そうは言われましても、その……」
「この子、紅茶」
押し問答を繰り広げられるのが嫌だったのか、代わりに答えたのはラーゼであった。
「じゃ、それで」
バルカもそれに乗って、注文を完了させる。
この手の、遠慮がちな子はこっちで決めてやった方が早い。
注文を聞き終えた店員と入れ替わるように別の店員が水の入った木製コップを運んでくる。
それを受け取ったラーゼは一口づつ、小さく飲み始めた。
「……ありがと」
小さな声だったが、バルカにはラーゼの礼が聞こえたので、それで良しとした。
当のラーゼはそれ以降、物調面で水を飲んでいたが。
「えーと、ラーゼ嬢は知っているけれど……」
ちらりと青髪の少女を見やる。
彼女はなぜだか慌てた様子で、左右を見渡していたが、すぐにそれが意味のない行動であると理解して、今度はうつむいてしまう。
それでもちらちらと視線はこちらに向けられていた。
恥ずかしいというよりは、人馴れしていないようにも見える。店内に入ってからも、彼女はずっとそわそわとしていた。
「あー……まずはこちらから自己紹介がマナーでしたね」
バルカは屋敷でのマナー講座を思い出していた。
「僕はバルカ・グランドランとお申します」
「あ、わわ! ご、ご丁寧に、こちらこそ……!」
名前も名乗っていないのに少女はぺこぺこと頭を下げている。
「あぁ、違った。私は、ゼタと申します。ゼタ・フェーブル。魔女の森、フェーブル一族でございます」
最後の方は小声で聞き取り辛かった。
「なるほど、よろしく、ゼタ嬢。ところで、どうしてまた、店先に?」
「倒れたの。悪い?」
その話題は出すなと言わんばかりに、ラーゼがかみつくが、ゼタは「まぁまぁ」と落ち着かせてから、申し訳なさそうにこちらを向いて何度も頭を下げる。
「ラーゼは、その、太陽の光に当たらない子でして……まぁ、その、なんと言いますか……意外だって皆さんおっしゃられるんですが……結構、体が弱いんです、はい」
「そう、ですか」
確かに意外だった。第一印象だけで言えば健康で、活発そうに見えたのだが。
しかし、言われてから、改めて見るとラーゼの肌はかなり白いと思う。体調不良というのもあるだろうが、どことなく顔色が青いとも思う。
一方で、ゼタも似たような白さではあるが、こちらはまだ血色がよさそうだった。顔が赤いし。
「ラーゼも、ラーゼですよ? 森の中で神木の管理が忙しいのはわかりますけど、たまにはお日様に当たらないと……」
「うるさいわね、魔女は日陰にいるものなのよ」
「そんな時代遅れな……何百年前の話ですか、それ」
「悪かったわね、時代錯誤な女で」
「だ、誰もそこまでは……」
そっぽを向くラーゼに、おろおろとするゼタ。
二人が知り合い同士なのは見ていればわかる事だ。それに、二人とも魔女の森出身。ラーゼがここにいるのはギガステリウムの為にバーバヤーガ樹を提供してくれたためとその視察。
ならば、ゼタも同じことだろう。確か、反対の第一工場で建造されている新戦艦に使われているバーバヤーガ樹は別の魔女一族が提供していると聞いていた。
と、なるとその別の一族というのは、ゼタの事なのだろう。
ラーゼが一々、ゼタにそっけない理由もわかるというものだ。
いささか、子供っぽい理由なので、バルカは思わず吹き出してしまう。
「仲がよろしいようで」
そう付け加えてやると、ラーゼはさらに視線を背け、ゼタはまた一段と顔を赤くしていた。
「色々と、話もあるようだけどさ」
バルカは一旦、会話を区切る。
店員がフルーツや他の飲み物を持ってきたからだ。
並べ終えると同時に、バルカは再開した。
「まずは、ラーゼ嬢の体調を。まぁ、さっきの言い合いを見てると、自分と元気になったようだけど、フルーツぐらいはごちそうしますよ」
そんなやり取りを、そっけなくこなしている自分にも驚きだった。
マナー教育とは侮れないものだと感じる。このあたりはみっちり教え込まれたことだったし、意外と頭が覚えているものだった。
それに、精神的にはどうあれ、同じ年代の少女とこうしてお茶をすることなんて、そうそうなかった。
社交界に数回、出た事はあるが、その時は状況が違っていたし、自分から誘うということもなかった。
今回も、状況としてはかなり特殊なのだろうけど。
「ここで会ったのも何かの縁です。少しぐらい、会話を楽しんでもいいでしょう?」
こんなセリフだって、自然と吐ける自分にはやはり、驚くバルカであった。




