13.到着
「ハア、ようやくジュエルシティに着いたか、長かったー!」
俺は思わず大きな溜め息をついた。3日間の長旅で、体中の筋肉が悲鳴を上げているようだった。
「あのなー、ジュエルシティなんてまだ近い方だぜ?たったの3日じゃねーか。エポックシティなんて、ここからさらに7日かかるからな?」
ディックが呆れたような顔で俺を見る。その表情には「お前、まだまだだな」という侮蔑の色が見え隠れしていた。
「嘘だろ、もうアレには乗りたくねーよ!」
俺は思わず声を荒げた。タローン車での移動は確かに速かったが、その代償として体中の骨が軋むような感覚は御免こうむりたい。
「我儘言うな、タローン車が移動には一番早いんだぜ!」
ディックの言葉に反論の余地はなかった。確かに早い。だが、それは乗り心地とは無関係だった。
俺たちはあの日、アークシティを出発しジュエルシティへと向かった。
街と街の間は草原になっており、場合によっては魔物なんかも出現するらしい。
その話を聞いた時、正直背筋が凍る思いがした。街の中では聞いたことのない、未知の恐怖感だった。
魔物がいるっていうのは、ディックと出会った直後に聞いていたな。
あの時は半信半疑だったが、今となっては現実味を帯びて迫ってくる。
いや、だからって。
あんな猛スピードで走らなくてもいいじゃん!
俺の頭の中で、再びタローン車への不満が渦巻いた。
俺らは街を出ると、ディックが手配したタローン車という乗り物で移動した。
初めて見た時は驚いたものだ。巨大な爬虫類のような姿をしたタローンが、車輪のついた大きな箱を引っ張っている。その光景は、まるで異世界からやってきたかのようだった。
タローンは魔物の一種らしく、魔物の中でもかなり速い種類らしい。
ディックの説明によると、タローンは昔は人間の敵だったが、今では飼いならされて運搬に使われているという。進化というのは面白いものだ。
そのタローンが、俺らの乗っているキャビンを引っ張っていくわけなんだけど。
キャビンの中は思ったより広く、寝台や簡易的な調理設備まであった。長旅には必要不可欠なものばかりだ。
まあ、運転が荒い。荒すぎる。
すぐガタガタするし、スピードは200km超えてるんじゃねーか?
タローンが全速力で走り出すと、まるで台風の目の中にいるような感覚に陥る。体が宙に浮いたかと思えば、次の瞬間には強く地面に叩きつけられる。これじゃあ、魔物に襲われる前に車酔いで死んでしまいそうだ。
このスピードで三日かかるとか、ユニオン帝国どんだけ広いんだよ!?
地図で見た時は「まあ、そこそこかな」と思っていたが、実際に移動してみると、その広大さに愕然とした。アークシティが、自分の知る世界のすべてだと思っていた自分が恥ずかしくなる。
俺なんかはまだ元気でいいけどよ。
アイリスなんか
「うう…、気持ち悪いわ…。」
完全に車酔いしてるじゃねーか。
アイリスの顔は、まるで熟れすぎた青リンゴのように青ざめていた。可哀想なほどだ。
フラフラしてるぞ。
彼女の体は、タローン車の揺れに合わせて、まるで波間に浮かぶ小舟のようにふらふらと揺れている。見ているこっちまで気分が悪くなりそうだ。
アイリスもアークシティから出るのは初めてだったみたいだし、これは結構キツかっただろうな。
彼女の苦しそうな表情を見ていると、なぜか自分まで申し訳ない気持ちになってくる。どうにかして楽にしてあげられないものだろうか。
「アイリスちゃん、俺の膝枕でゆっくりしてもいいんだぜ!」
ディックが突然、とんでもない提案をしてきた。さすがに引くぞ、おい。
「余計気持ち悪くなりそうだから遠慮するわ…」
ディックの提案を顔色悪くしながらもきっちり断るアイリス。
彼女の毅然とした態度に、少し感心してしまった。こんな状態でも、ちゃんと自分の意思を持っているんだな。
恒例の会話を耳にしつつ、外の空気を浴びていると、酔いが少しずつ醒めてくる。
窓を開けると、冷たい風が顔を撫でていく。その心地よさに、少しずつ気分が落ち着いてくるのを感じた。
それは、アイリスも同じだったのか、顔色が少しずつ良くなってきた。彼女の頬に、うっすらと血の気が戻ってきたのが見て取れた。よかった、これで少しは楽になったはずだ。
アークシティに比べると、ジュエルシティは涼しさを感じる。
いや、涼しいどころじゃない。寒いくらいだ。アークシティでは考えられないような寒さが、俺たちを包み込んでいた。
自分の吐く息も白い。これは、もう涼しいというより寒いだな。
まるで真冬のように、吐く息が白い靄となって空中に漂う。こんな光景、アークシティでは見たことがなかった。
今が夜だからというのもあるのだろうが、この国でも地理によって気温の違いがあるのだろう。
ディックに聞いてみると、ジュエルシティは標高が高いため、アークシティよりも気温が低いのだという。なるほど、世界は広いな。
肌寒さを感じているからだろうか、アイリスが震えているのが分かる。
彼女の細い肩が、小刻みに震えているのが見て取れた。アークシティ育ちの彼女にとっては、この寒さは想像以上のものだったのだろう。
「アイリスちゃん、寒いだろ?これ着ていいよ!」
ディックもアイリスの様子に気付いたのか、自分の上着を脱ぎ、アイリスに渡そうとする。
またか、このディック。いつもこうだ。女の子には優しいくせに、俺には冷たい。まあ、俺だってアイリスのことは心配だが、こういうやり方は好きになれない。
俺は絶対に女に上着なんて貸さないね!だって、自分だって寒いんだぜ?
それを、何で自分を余計寒い状況にしてまで他人に上着を貸さなきゃいけねーんだよ。
正直、俺にはこの行為の意味が分からない。自分が寒い思いをしてまで、他人を暖めるなんて、そんな余裕あるか?
いや、まあ自分を犠牲にして他人に尽くす聖人だって言うなら分かるけどよ。
こういう奴って俺みたいな男が寒がってても絶対に上着貸さないよな!
ディックのこの行為に、どこか偽善的なものを感じてしまう。本当に親切なら、誰に対しても平等であるべきじゃないのか?
女に貸すなら男にも貸せよ!男女平等社会だろーが!
心の中で叫びたくなる。こういう不平等さが、俺には我慢ならないんだ。
そもそも、こういう場面で、女が男に上着を貸してくれるなんて見たことねーよ。
だったら、男だって女に貸す必要ねーだろーが!
そう、これは完全に一方通行の親切なんだ。それなのに、なぜか美徳とされている。おかしいだろ?
でも、実際は、こういう気遣いが出来る男がモテるんだよね。
現実を直視すると、少し胸が痛くなる。俺には、こんな風に振る舞うことはできない。いや、したくないんだ。
分かってる、分かってるから、女なんて嫌いなんだよ!
こんな下らない優しさなんかで人を判断するなよ!
心の中でぶつぶつと呟く。こんな些細なことで人間性を判断されるなんて、馬鹿げている。
そんなことを思っていると、
「いらないわ、自分の服なんだから自分で着ていればいいじゃない?」
なんと、アイリスはディックの提案を断った。
予想外の展開に、俺は思わず目を見開いた。まさか、アイリスがこんな反応をするとは。
ディックは予想外だったのか、意外そうな顔をする。
彼の顔には、明らかな驚きの色が浮かんでいた。今まで、こんな風に断られたことはなかったのだろう。
そりゃあ、今まで断られたことなんかないだろうしな。
ディックのような男は、普通なら喜んで受け入れられるはずだ。それが通用しなかったことに、彼は戸惑っているようだった。
「いや、でもアイリスちゃん、寒そうに震えてるじゃん?」
ディックは諦めきれないようだ。まるで、自分の親切を受け入れてもらえないことが信じられないといった様子だった。
「あら?それはそこのリクトも一緒じゃない?」
アイリスの鋭い指摘に、俺は思わずぎくりとした。確かに、俺だって寒くて震えているのは事実だ。
「いや、それはそーだけど…。でも、アイリスちゃんは女の子だし!」
ディックの言葉に、俺は思わず目を白黒させた。ああ、やっぱりな。結局のところ、女だからという理由なんだ。
「女だからって余計な気遣いは結構よ!」
ピシッとディックの提案を断るアイリス。
彼女の毅然とした態度に、俺は少し感心してしまった。アイリスも、こういう表面的な優しさが嫌いなのかもしれない。
俺と同じ考えを持っているなんて、少し驚きだった。意外と、アイリスとは気が合うのかもしれない。
ディックはしぶしぶ、もう一度上着を自分で着る羽目なった。
彼の顔には、明らかな落胆の色が浮かんでいた。きっと、自分の優しさをアピールする絶好の機会を逃したと思っているのだろう。
「そんなことより、早く宿を探さねーか?」
俺が二人に提案する。
この寒さの中でいつまでも立ち話をしていても仕方ない。早く暖かい場所に移動したほうがいい。
結局俺らが寒いのは、野外にいるからだ。
早く、建物に移動してしまえば、寒さも軽くなるだろう。
この寒さは、ただ単に外にいるからこそ感じるものだ。屋内に入れば、少しは楽になるはずだ。
「おー、宿ならこっちだ!」
ディックが俺らに案内をする。
彼の足取りは軽く、どこか自信に満ちていた。この街のことをよく知っているようだ。
どうやら、この街はすでに来た事あるみたいだな。
ディックの様子を見ていると、ジュエルシティは彼にとって馴染みのある場所のようだった。
彼の背中を追いながら、俺は改めてディックの経験の豊富さを実感した。
俺とアイリスは震えながらも、ディックの後についていった。
寒さで体が震えているのを必死に抑えながら、足を前に進める。アイリスも同じように苦労しているようだった。
街並みは、アークシティとは全く異なっていた。建物は石造りが多く、屋根は急勾配になっている。
おそらく、雪が積もりやすいからだろう。街路樹も見慣れない種類のものばかりで、異国情緒を感じさせた。ディックは迷うことなく、まるで自分の家に向かうかのように確かな足取りで進んでいく。
やがて、大きな看板のついた建物の前で立ち止まった。
「いらっしゃい!ってあら?ディックちゃんじゃない?お久しぶりね~!」
突如、甲高い声が響き渡る。声の主は、カウンターの向こうに立つ女性だった。
「おー、レイラちゃん、久しぶり!泊まりに来たんだけど、部屋空いてる?」
ディックは、まるで古くからの知り合いのように親しげに応対している。どうやら、この宿には何度も泊まったことがあるらしい。
「そうね~、一部屋なら空いてるけど~!」
レイラと呼ばれた女性は、にこやかに答える。その笑顔には、どこか艶めかしさが感じられた。
「なるほど…、ちょっと待ってくれ!」
宿に着くと、受付でディックが手続きを始める。
ディックは、何やら真剣な表情で考え込んでいる。一部屋しかないという状況に、頭を悩ませているようだった。
宿の受付のお姉さんと、ディックはどうやら知り合いみたいだ。
二人の会話を聞いていると、まるで昔からの友人同士のようなやりとりが続く。俺とアイリスは、少し置いてけぼりを食らった気分だった。
おそらく、以前ここに泊まったことがあるのだろう。
ディックの旅の経験の豊富さを、改めて実感する。俺たちにとっては全てが新鮮な体験だが、彼にとってはいつもの日常なのかもしれない。
受付のレイラさんは、見た目は20代後半の色気のあるお姉さん。
その姿は、まるで絵に描いたような美女だった。艶やかな金髪、整った顔立ち、そしてグラマラスな体つき。普通の男なら、思わず見とれてしまうだろう。
胸はDくらいありそうかな?背も165くらいあるかもしれん。
しかし、俺はそんな彼女の魅力に惹かれることはなかった。むしろ、少し苦手意識を感じてしまう。
金髪もきれいだし、顔も美人だし、グラマーな姉ちゃんだ。
だが、正直、女の中でもこのタイプはかなり苦手だ。
派手すぎる美しさは、俺にとっては近寄りがたいものだった。そんな女性と話をするのは、正直気が重い。
ディックが相手をしてくれて正直助かる。彼の社交性に、心の中で感謝した。
俺だったら、きっとぎこちない会話で場の空気を凍らせてしまうだろう。
「なあ、二人に、特にアイリスちゃんに相談なんだけど。」
ディックが申し訳なさそうな顔で戻って来る。
その表情を見て、俺は不吉な予感がした。きっと、良くない話に違いない。
ああ、話は聞こえていたさ。
一部屋しか空いていないという話は、すでに耳に入っていた。問題は、これからどうするかだ。
「一部屋しか空いてないみたいなんだけど、アイリスちゃん大丈夫?」
ディックの質問に、俺は思わず息を呑んだ。まさか、三人で一部屋を使おうというのか?
「絶対に嫌!」
アイリスが即答する。
彼女の声には、はっきりとした拒否の意思が込められていた。その反応は、ある意味当然だろう。
「リクトも嫌だけど、ディックと同じ部屋なんて自分の身が危険すぎるわ!」
アイリスの言葉に、俺は思わず吹き出しそうになった。確かに、ディックの性格を考えれば、アイリスの心配も分からなくはない。
「何もそこまで言わなくても…」
ディックが肩を落とす。
彼の表情には、明らかな落胆の色が浮かんでいた。きっと、アイリスの厳しい言葉に傷ついたのだろう。
いや、危ないのは事実だと思うけどな!心の中で、俺はアイリスに同意した。ディックの女性への接し方を見ていると、確かに警戒するのも無理はない。
「あら?連れに女の子もいたのね。ディックとはもう寝たの?」
レイラさんがアイリスに気付き話しかける。
その直接的な質問に、俺は思わず耳を疑った。なんて大胆な質問をするんだ。
それにしても質問が直接的すぎるだろ…。
レイラさんの質問に、俺は内心で苦笑いを浮かべた。こんな質問をされたら、普通は戸惑うだろう。
「寝てません!この男とはそういう関係じゃありません!」
アイリスの声には、明らかな怒りの色が混じっていた。彼女の反応を見て、俺は少し安心した。少なくとも、アイリスはディックに騙されるようなタイプではなさそうだ。
「なんだ~、残念!ようやくディックにも春が来たと思ったのに。」
レイラさんの言葉に、ディックは困惑したような表情を浮かべた。どうやら、彼女はディックのことをよく知っているらしい。
「一身上の都合で一緒に旅をしているだけです!」
アイリスの言葉には、はっきりとした意思が込められていた。彼女は、自分とディックの関係を明確に否定しようとしているようだ。
「そうなの?じゃあ、同じ部屋じゃ寝れないわよね?」
レイラさんの声には、どこか理解を示すような優しさが感じられた。彼女は、アイリスの立場を考えているようだ。
「はい、なので…」
アイリスの言葉が途切れる。彼女の表情には、困惑の色が浮かんでいた。どうやら、この状況をどう打開すればいいのか分からないようだ。
「じゃあ、私の部屋に来ない!?」
レイラさんの突然の提案に、俺たちは驚きの表情を浮かべた。まさか、こんな展開になるとは。
「はい!?」
アイリスの声には、明らかな驚きが込められていた。彼女も、この予想外の提案に戸惑っているようだ。
「私の部屋で一緒に寝ましょう!それがいいわね、宿代はあなたはタダでいいわよ!」
レイラさんの提案は、思いがけず親切なものだった。彼女の優しさに、俺は少し感動してしまう。
「そんな…、でもレイラさんがそれでいいならお願いします!」
アイリスの声には、安堵の色が混じっていた。彼女にとって、これは最善の解決策だったのだろう。
「いいわよ!じゃあ、二人もここに泊まるのは問題ないわね?」
レイラさんは俺ら二人の方を見て質問する。
彼女の視線に、俺は少し緊張してしまう。どうやら、俺たちの意見も聞きたいようだ。
正直、どこに泊まっても構わない。ただ、アイリスのことが少し心配だ。
アイリスはレイラさんと一晩同じ部屋で大丈夫かね?
見知らぬ人と同じ部屋で寝るのは、彼女にとって初めての経験かもしれない。大丈夫だろうか。
「ああ、大丈夫だぜ!」
「はい、問題ありません!」
俺とディックの答えに、レイラさんは満足そうな表情を浮かべた。
「良かったわ、それじゃあこれが部屋の鍵!...ってあら?」
俺らの答えを聞いて、部屋の鍵を渡そうとしたレイラさんだったが、俺を見て表情を変えた。
その変化に、俺は少し戸惑いを覚えた。なぜ、急に表情が変わったのだろう。
「あら~、この坊や可愛いじゃない!?」
レイラさんの言葉に、俺は思わず顔が赤くなるのを感じた。まさか、こんなことを言われるとは。
「え!?」
思わず声が出てしまう。周りの視線が、一斉に俺に集まるのを感じた。
「ねえねえ、坊や、今夜は一緒に寝ない?」
レイラさんの提案に、俺は言葉を失った。まさか、こんな展開になるとは。
「ええええ~~?」
驚きのあまり、声が裏返ってしまう。周りの視線が、さらに強く感じられた。
「男と寝るより、女の方がいいわよね!?」
レイラさんが突如俺を誘ってくる。
その言葉に、俺は完全に混乱してしまった。どう反応すればいいのか、全く分からない。
いやいや、無理無理無理!
心の中で必死に叫ぶ。こんな状況、想像もしていなかった。
「ちょっと、勘弁してください!俺はディックと一緒に寝たいです!」
パニックになった俺は、思わずとんでもないことを口走ってしまった。言葉の意味を理解した瞬間、後悔が押し寄せてきた。
「え!?」
「な!?」
「うそ!?」
この場にいた三人が言葉を失う。
全員の表情が、一瞬にして凍りついた。空気が、一気に重くなるのを感じる。
絶対にみんな誤解してるよな!
心の中で叫ぶが、もう遅い。言葉は、取り返しがつかないものだった。
「いや、あのだな、そういう意味じゃなくってな。」
必死に弁解しようとするが、言葉が上手く出てこない。頭の中が真っ白になってしまった。
「リクト、お前もしかして…」
ディックが何か言おうとしている。
彼の目には、明らかな疑いの色が浮かんでいた。この状況を、どう説明すればいいのだろうか。
いや、言おうとしていることは分かるけど、
「違う、別に男もディックも好きじゃない!っておい!疑いの目を向けるな、本当だっつーの!」
俺の叫びが虚しく宿に響いた。




