12.旅のはじまり
「まず最初に断っておく」俺は二人の顔を真剣な眼差しで見つめながら言った。「これは、本当に俺の推測でしかない。だから、実際に行ってみて、会えない可能性もある。それだけは了承してくれ」
朝日が俺たちの影を長く伸ばし、街路樹の葉が風に揺れる音が静かに響く。アイリスとディックの表情が、一瞬引き締まる。
「分かったわ」アイリスが静かに、しかし確かな声で答えた。「少しでも会える可能性があるなら会ってみたいってだけだから。もし、会えなくてもリクトを責めたりはしないわ」
彼女の目には、決意の色が宿っていた。その瞳に映る朝日が、まるで彼女の意志の強さを象徴しているかのようだった。
俺は少し安堵の息を吐いた。後から文句を言われるのは面倒だからな。アイリスも快くOKしてくれたし、話を進めるか。
「結論から言おう」俺は少し言葉を選びながら話し始めた。「クルドさんはエポックシティにいる可能性が高いと思う。クルドさんはオーナーとの賭けに負けてしまい、全財産を失い借金までしてしまった。借金を返し、財産を取り戻す一番簡単な方法は、エポックシティのカジノで勝つことだ」
「やっぱりエポックシティなのね…」
アイリスの声に、僅かな震えが混じっていた。彼女も予想はしていたのだろう。少し寂しそうな表情をしている。その表情を見て、俺の胸に何か痛みのようなものが走った。
「ああ、その可能性が高い」俺は言葉を続けた。「クルドさんは、家族を背負っていることを免罪符にしているが、生粋のギャンブル好きだ。そうじゃなければ、オーナーとの賭けになんて乗るわけがない。家族を養うお金までも失ってしまうわけだからな」
「家族を背負っていることを免罪符に?」アイリスの声が、少し高くなる。
「そう」俺は慎重に言葉を選んだ。「クルドさんにも仕事をせずにギャンブルに打ち込んでいることへの罪悪感はあったはずだ。それでも、ギャンブルを続けたい気持ちもある。その中で家族のためと思い込むことで、ギャンブルを続ける動機へと変えていったんだ」
「そんな…」アイリスの声が小さくなる。その目に、悲しみの色が浮かんでいた。
「だが」俺は急いで付け加えた。「これは俺の推測にすぎない。実際に本人から聞いてみないと本音は分からないさ」
アイリスがショックを受けそうなので、俺はやんわりと表現を濁す。実際に、会ってみないと分からねーのは事実だし。
「それに」俺は話を続けた。「クルドさんはオーナーにかつためにエンディミアンゲームの研究をかなり力を入れて行っていた。そのことは、クルドさんの部屋の様子からも明らかだ。その経験を活かすとしたら、やっぱりエポックシティしかないだろうね。対人型のギャンブルが好きな人みたいだから、ルーレット主体のユルワシティには向かないだろう。そもそも、ユルワシティじゃ稼げないだろうしな」
「そうね」アイリスが少し考え込むように言った。「お父さんがギャンブルを続けていると考えると、エポックシティの方が可能性が高いわね」
アイリスが俺の意見に同意する。その表情には、複雑な感情が交錯しているようだった。
「じゃあ、とりあえずエポックシティに向かって旅を始めるか!」
考えるのが面倒なのか、ディックが突然提案する。その声には、冒険への期待が溢れていた。
「おい」俺は少し焦って言った。「俺はジュエルシティに行きたいんだけど」
「おー、それがどうした?」ディックが首を傾げる。
「どっち先に行くかまだ決めてないよな?」
「あー、もちろんジュエルシティに寄ってから、エポックシティに行くぜ!」ディックが笑顔で言う。
「エポックシティもこの街から西の方にあるの」アイリスが説明を加える。「ジュエルシティの丁度先にあるから、その点は問題ないわ」
なるほど、それは運がいい。俺はこの世界の地図を知らないからな。あとで見せてもらわなければ。
「そういえば」俺が今更ながら質問する。「旅の費用はどうするんだ?」
正直、この国のお金なんて一銭も持ってないからな。その事実に気づいて、俺は少し焦りを感じた。
「俺が商人時代に貯めたお金がかなりあるから、当分は大丈夫だ!」ディックが胸を張って言う。「この金が尽きたらお前らにも働いてもらうけどな」
「サンキュー!」俺は思わず声を上げた。「お前、商人なんてやってたのか!」
「ああ、かなりの売れっ子だったぜ!」
ディックが得意げな顔で自慢する。この歳で自由に旅出来て、お金の心配がないってことは本当に商売の才能はあったんだろうな。俺は少し感心しながら、ディックの話を聞いていた。
「さて」ディックが急に声を上げた。「じゃあここにいても日が暮れちまうしとっとと出発しようぜ!」
「ああ」俺は頷きながら言った。「これからもよろしく頼む!」
「お二人とも、よろしく頼むわね!」アイリスの声には、期待と不安が入り混じっていた。
俺ら三人は笑顔でこの街を後にする。朝日が俺たちの背中を照らし、新しい冒険への期待が胸に広がっていく。こうして、俺らの旅は始まったのだった。
街を出る時、俺は一度だけ振り返った。この街で過ごした短い時間が、まるで遠い昔のことのように感じられた。そして、これから始まる旅への期待と不安が、胸の中で複雑に絡み合う。
「さあ、行くぜ!」ディックの声が、朝の空気を切り裂く。
「ええ、行きましょう」アイリスの声には、決意が滲んでいた。
俺は黙って頷いた。そして、三人は揃って一歩を踏み出した。新しい冒険の幕開けだ。街の喧騒が徐々に遠ざかっていく中、俺たちの旅路が始まったのだった。
~AM3時 酒場『オーシャン』~
深夜の静寂を破り、酒場『オーシャン』のドアがゆっくりと開く。入ってきたのは、年老いた男性だった。その姿は、権威と威厳を漂わせている。
「マスター、あの三人組はエポックシティに向かったのかね?」
低い声で尋ねる男性。その声には、何か不吉な響きがあった。
「ええ、そのようですね」マスターのシリウスが静かに答える。「アークフルのオーナーとしては、クルドさんの娘の行方も気になりますか?」
「フン」オーナーと呼ばれた男性が鼻を鳴らす。
「クルドの娘を捕えたって意味がないんじゃ。クルド自身を捕えないとな!末端の借金取り連中はそれが分かっておらん!」
その言葉には、怒りと焦りが混じっていた。シリウスは、オーナーの表情を注意深く観察しながら、静かに言葉を続けた。
「クルドさんは今エポックマンで連勝中みたいですよ。もう、借金も返済可能じゃないかと」
「アヤツのギャンブルの腕は本物だからのう」オーナーの声には、僅かな敬意が混じっていた。「ただ、気がかりなのはあの娘じゃ」
「アイリスさんですか?」
「ああ、アヤツからは父親への殺意を感じたぞ!」オーナーの声が少し高くなる。「クルドを殺されてはたまったものじゃない!アヤツ自身の価値は借金の比じゃないんじゃ!」
シリウスは、オーナーの興奮を静めるように、穏やかな声で言った。
「その点はご安心を。彼女に父親は殺せません」
「どうして、そんな事が言い切れるんじゃ?」オーナーの目が鋭く光る。
「彼女のマナはあまりに優しすぎます」
「なんじゃと!?」オーナーの声が、酒場中に響き渡る。「マナが優しすぎるとはどういう意味じゃ!?」
シリウスは、眼鏡の位置を中指で整えながら、ゆっくりと説明を始めた。
「昨日アイリスさんがクルドさんの情報を求めたときに、あえてロックさんを紹介しましたよね?覚えていますか?」
「覚えているとも!」オーナーの声には、明らかな苛立ちが混じっていた。「ロックの野郎が暴れだしたせいで、店にはいられなくなったんじゃ!どうしてあんなことをしたんじゃ?お主が教えてやればよかったじゃろう?」
「ええ、教えることも出来ましたが」シリウスの声には、何か深い意図が隠されているようだった。「ロックさんを怒らせることで、お三方の様子を伺いたかったのです」
「ほう」オーナーの目が細まる。「それで何かが分かったと?」
「ええ、彼らのマナを注意深く見ていましたので、それはもう」
「詳しく聞かせてもらえんかのう」
シリウスは、少し間を置いてから話し始めた。その声には、何か重要な秘密を明かそうとする緊張感が漂っていた。
「アイリスさんは、ロックさんに怪我を負わされてしまいました。ですが、隠れて治癒魔法で自身の治療を行いました」
「それがどうしたんじゃ?」オーナーの声には、いらだちが混じっていた。
「魔術にはその人の本性が現れます」シリウスは静かに、しかし確かな口調で言った。「例えば、ゼムさん、あなたでしたら欲望にまつわる魔術をお使いになる」
「言われてみればそうじゃのう」オーナー、ゼムと呼ばれた男性が頷く。
「それは、あなたのマナが欲望色に染まっているからなのです」
「欲望色じゃと!?」ゼムの声が、驚きに満ちている。
「ええ、その人のマナはその人の特色をよく表しています」シリウスは続けた。「アイリスさんが治癒の魔術を使うことが出来たのも、誰かを治癒してあげたい優しさの色にマナが染まっているからです。おそらく、お父様が実験でボロボロで帰ってきたときに覚えたのでしょう。最近ではお母様の治療に使っていたんでしょうね。彼女は本質的に優しい、優しすぎるのです」
「ほう」ゼムの声が低くなる。「そんな優しすぎる小娘にクルドを殺すとなると?」
「不可能ですね、断言しましょう」
「そうじゃな」ゼムが深く頷く。「クルドを殺そうというんじゃ、死にもの狂いにならないと殺せないじゃろうな。あとは分かったことはないのか?」
「ええ、あともう一つ興味深いことが分かりました」
「なんじゃ?」
酒場『オーシャン』の店主シリウスは眼鏡の位置を中指で整えると、歪んだ笑顔で言った。
「あのリクトという少年ですよ」
「フム?」ゼムの目が細まる。「あの平凡そうな奴じゃよな?」
「ええ、一見何の取り柄もない少年です。ですが、彼の洞察力は確かなものですよ」
「ほう?」
「おそらく、彼はアイリスさんの殺意もクルドさんの居場所も見抜いていました」
「フム、それは確かに凄いのう」
「それだけではありません」シリウスの声が、少し震えているように聞こえた。「いえ、それだけだったら良かったと言うべきか…」
「どういうことじゃ!?」ゼムの声が、急に鋭くなる。
「彼の持つマナです!」
「マナじゃと!?」
「ええ、過去に何があったかは知りません。ですが、彼の持っているマナに宿る憎しみの色、あれは異常です」
「憎しみの色か」ゼムの声が、急に重々しくなる。「それは厄介じゃのう」
「あの少年は化けますよ。もしかしたら、伝説の…」
「それはイカン!」ゼムが慌てて叫ぶ。「それ以上言うでない!」
シリウスはニッコリ笑った。その笑顔には、何か不気味なものが潜んでいるように見えた。
「ええ、不吉なことは言うものではないですね」
「そうか」ゼムが深く息を吐く。「リクトと言ったか、あの少年。儂も覚えておこう」
「では、そろそろお店を閉めますので」
「ウム、じゃあまた面白い情報が会ったら頼むぞ、マスター」
「承知いたしました」
ゼムが酒場を出ていく姿を、シリウスは静かに見送った。ドアが閉まると同時に、シリウスの表情が一変する。その目には、何か深い思惑が宿っているように見えた。
「さて」シリウスが独り言のように呟く。「これからどんな展開になるのか、楽しみですね」
酒場『オーシャン』の灯りが消え、街は再び静寂に包まれた。しかし、その静寂の中に、何か大きな変化の予兆が潜んでいるようだった。




