3話
「ここが凪紗ちゃんのいる管制室だよ」
奏空はそう言って、2階建ての宿泊棟の隣に作られたさらに高い棟の階段を上った。
「うわぁ……」
思わず歓声を上げてしまう。
表から見ると、レンガ造りふうの渚珠たちの居住棟と、リゾート調白壁の業務兼宿泊棟のALICEポートの建物からは、一見すると海辺のリゾート地にある臨時ポートに見えてしまう。
しかし、その実体は星間連絡船をナビゲートできるほどの最新の誘導装置や、海中と空中両方に対応できる三次元レーダーなど、規模はともかく渚珠が最初に降り立った、第4アジアハブポートにもひけを取らない設備を持っている。
島の設備を見渡せるような大きな窓の内側には、様々な機械とモニターが設置されていて、渚珠もパッと見ただけではよく分からない表示がたくさん出ている。
これらを全て使いこなすことが出来るのが凪紗ただ一人で、ここは彼女の城となっているという。
とは言っても、どこにいてもインカム経由や立体画像も出せる内線などもあって、一人でいてもあまり寂しいという感覚はないらしい。
「こういうところだから、関係者以外立ち入り禁止だからね。ドアとかもIDカードと生体認証しないと通らないようになってるから」
「へぇぇ。なんか差し入れって訳にはいかなさそうだねぇ」
「そうでもないよ。お泊まりとかがいなければ、差し入れもいつもしてるし、あんまり大声じゃ言えないけどドアも開けっ放しの時もあるしね……」
「なんだぁ~~」
途中、細々とした設備の説明をしながら、次は弥咲の受け持ちのハンガーに向かう。
「ここって、こんなに大きい設備を持っているのに、こんなに人数少なくていいの?」
いくらハブポートではないにせよ、この人数の少なさは渚珠も気になりだしたところだ。
「うん……。それはなんかいろいろあるみたいだよ。それでもみんな仲がいいから何とかしちゃっているんだけどね」
それはそうだろう。これだけの施設をたった数人で維持するというのは並大抵のことではないはずだ。
「あれ……。弥咲ちゃんいないなぁ。また昨日みたいに乗り回してるのかな?」
昨日の騒ぎも、元々は弥咲の無謀とも言える試験運転だったから、後で凪紗にはそれなりに絞られていたと聞いていたが。
「今日は乗り回してないわよ」
「うわぁぁ」
背後からの声にのけぞりながら振り向く二人。
「あれぇ、今日はこっちじゃなかったの?」
見た目はおっとりしていながら、ちゃんと各パートのことを覚えている奏空が把握していないのも珍しい。
「今日は、下の設備点検だって忘れてたもんだから……」
「えー? 定期点検忘れてたの? もぉ……」
奏空が頬をふくらます。本来はここは弥咲の持ち場なのだが、どうやら立場は微妙らしい。
「だって、昨日あれだけバタバタあったし。そうそう。渚珠ちゃんに下をちゃんと案内しておいてよ? 所長さんが知らないなんて、いざって時に困っちゃうからさ」
「うん、せっかくだから、今日案内しちゃうよ。使い方とかはまた弥咲ちゃんが教えてあげてね」
「りょーかい。そろそろ午前の便が着くよ。まー、ガラガラで降りる人もいないだろうけどなぁ……」
二人は弥咲と別れ、昨日渚珠がここに来たときに到着したデッキの方に進む。
「下ってなんなの?」
「お見送りが終わったら案内するよ。びっくりするよぉ」
「ほへぇ~」
二人が到着するのと、定期便のボートが到着するのがほぼ同時だった。
「おはようございますー」
奏空は岸壁に固定してあった定期便用のブリッジを船の甲板に渡しながら船長に挨拶した。
「おう、おはよう。ほらっ荷物な。誰だぁ? この可愛いお嬢ちゃんは?」
40代の渚珠の父親くらいの船長は奏空に荷物を渡し終わり、渚珠の方を見て聞いた。
「あ、あのぉぉ。はじめましてぇ」
「昨日から、うちに来てくれた渚珠ちゃん。こんなに可愛くても所長さんなのよ」
渚珠がちょこんと頭を下げるのに奏空が補足してくれた。
「えっ? 本当か? よかったなぁ。この子かぁ。昨日ALICEに可愛いお客が行ったってんで、今朝の便で出発かもしれないからよく見ておけって話題になってたんだ」
「そ、そうなんですかぁ?」
昨日、鮮烈的なデビューを飾ってしまっただけに、インパクトは強かったに違いない。それに第4アジアハブポートの職員は渚珠の状況を知って緊急に船を手配してくれたが、その船長までは情報が伝わっていなかったのだろう。
「これからはずっとここにいてくれるから、いつでも会いに来てあげて」
「はいよ。じゃぁまたな所長さん!」
「はいぃ。お願いしますぅ」
定期船を見送り、また二人だけになると、周囲はまた波の音だけに戻った。
「ここの毎日なんて、こんな感じのくり返しだよ。しばらくすると物足りなくなっちゃうかもしれないねぇ」
ブリッジをまた元の所に片付けながら奏空は苦笑する。
「ううん。わたしにはこういう方が理想なのかもぉ。今までいたところは、みんな急ぎすぎていた気がするよぉ……」
最後の方は、何か嫌なことを思い出したのか、渚珠の声は小さくなってしまった。
「大丈夫?」
「うん。何でもないよぉ。あ、そうそう。一つ聞きたいことがあったんだよぉ」
なんとか笑顔を取り戻した渚珠。
「なに?」
「あのねぇ、昨日こっちに来たときに、書類を見て入管の人が目を丸くしたり、さっきの船長さんも『よかった』って言ってたし。わたしってなにかあるのかなぁ?」
「あぁ……。そのことねぇ」
奏空は何かをしばらく迷っていたようだが、再び建物の方に歩き出した。
「一緒に来てくれるかなぁ? ちょっと渚珠ちゃんも知っておかなきゃならないことがあるから」
「う、うん……」
奏空が案内したのは、ALICEポートの建物の目立たない一角にある両開きの扉だ。
「ここのカメラを見てくれる? あと、ここに手を当てて」
「ほえぇ」
こんな場所にあるにも関わらず、扉の鍵は二重の生体認証になっているとは物々しい。
奏空に言われたとおりにすると、扉の鍵が赤から緑に変わった。
「開けるよぉ」
実際開けてみると、その扉は驚くほど厚い。そして、白い外壁の建物からは不釣り合いなコンクリート壁の廊下が斜め下に伸びている。
「本当は別の場所からも入れるんだけど、ここから行くのが一番分かるかなって」
「そ、そうなのぉ……?」
すぐにまた扉に突き当たる。同じようなロックを解除すると、目の前にもう1枚ドアが現れた。
「ここはもう海面より下なの。非常のときは防水扉になるようになってるから。あ、そうそう、次の扉を開けると風が吹き上げてくるから、押さえておいた方がいいかも……」
「ふえぇ?」
言われるがままにスカートの裾を押さえたのを確認して奏空が扉を開けた。
「うわぁぁ!」
思わず側にあった手すりを片手でつかんでしまう。ゴーッと音と風が暗いトンネルの先から流れ込んできている。
「はやくこっちに来て」
同じように長髪とスカートをなびかせながら、さしのべてくれた奏空の手を借りて、ようやく扉のラインを超えた。
奏空がそれを確認してスイッチを操作し、すぐに扉は閉まった。
「びっくりしたぁ……」
「ごめんね……。逆向きの風の時もあるから、どっかにつかまっていないと危ないんだよね」
「エアロック事故の体験みたいだったよぉ」
「そっか。それを知ってるなら大丈夫だね」
「うん……。ここどこ……?」
トンネルはもう出口のようだったが、ところどころにある保安灯でかなり大きな空間があるらしいというのが分かるだけで、全体像はまだ見えない。
カチッと音がして、灯りがついた。
「ほえぇぇぇ~~!!」
ぽかんと口を開けたままの渚珠の横に奏空が立った。
「これが、ALICEポートのもう一つの姿なんだよ」
奏空の声が静かな空間に響いた。




