4話
突如目の前に現れた大きな空間に、渚珠が唖然としている。
「いきなり見たらびっくりするよねぇ」
「う、うん……。なにこれぇ?」
そこにあったのは、紛れもなくもう一つの港設備だった。地上にある物ほどではないが、こちらもかなり大型の船が停まれるのは間違いない。
「別に隠しているわけでもないし、もちろん使いたいって申請があれば誰でも使えるんだよ。嵐の時は退避港になったりもしているし、修理所にもなってるしね」
渚珠についてくるように促して、奏空が案内を始めた。
「で、でもぉ、ここって海の下なんだよねぇ?」
「うん。だから、あの扉の先はウォーターロックになってるよ。少しでも水が入ってこないように今は気圧が上がってるから、さっきみたいに風が吹き抜けるわけ」
「なるほどぉぉ」
港の保安設備の雰囲気自体は、ルナ=モジュールでもここでもあまり変わらない。かえって地上よりもここの方が水があるというところを除いては、自分が訓練を受けてきた宇宙港に似ている。
「あと……こっちね」
奏空が部屋の中に入って灯りを付けると、そこには現在使っている規模とは違う大きなカウンターが設置されていた。
「一応、すぐにでも使えるよ。入管の端末なんかも一応全部いつでも使えるようにはなってる」
「でも使いそうにないねぇ……」
「そうねぇ。使うこともないでしょうねぇ。念のためって感じだし? 一応、この部屋は緊急到着したお客さまたちの待避所として用意してあるの。非常食とかも。満員の星間連絡船が万一着水しても3日は対応できるわ。修理が終わればまた燃料を積んで飛ばすことも出来るための設備が整ってるから」
「うわぁぁ」
渚珠もようやく合点がいった。それだけのことが出来るためには、航行システムの調整を含めて地上側にもそれなりの装備がいる。普段はのんびりしているだけの場所かも知れないが、設備だけでなく管制室にいる凪紗や整備担当の弥咲もそれだけのことが一人前に担当できる人材なのだ。後で聞いたところ、隣にいる癒し系キャラに見える奏空も、星間入管審査員の資格を持っているという。
渚珠がALICEポートへ赴任が決まると、他の研修生と別メニューが言い渡されたが、それは明らかに一緒にやってきた同級生たちとは内容の濃さが違っていた。
「それが……、ALICEポートがほとんど人を採らない理由のひとつ」
「まだあるのぉ? それに、もし成績優秀が基準だったら、わたしはここに来られないよぉ」
自慢ではないが、渚珠の成績は飛び抜けて良いものではなかった。どちらかと言えばポート勤務研修生の中でも、中間くらいの目立たない生徒で、しかもそんな彼女に与えられた辞令はアクトピア側のポート責任者職だ。ルナ=モジュールの研修所でも始まって以来の大抜擢で、通知を受けた教官室が間違いでないかと何度も確認に追われたほどだ。
「うん……。ここだけの話、渚珠ちゃんは成績だけで選ばれたわけじゃないんだよ」
「ほえぇ??」
「渚珠ちゃんは、私たちが申込みを見たときからどうしても来て欲しくてお願いしたんだよ。逆に言うと、ここへの赴任は、そういうことがないと無いってことになるんだよ」
なるほど、昨年の職員募集の告知では、その一覧の中に名前は入っていても、ALICEポートの採用数は0だった。仮に休眠港だったとしても、所長職という重要なポストに欠員を出しながら採用がないというのは、何か別な理由があるに違いない。
「でも、これからは、それも渚珠ちゃんが判断していく時代なんだよ」
「そ、そっかぁ……。そんな基準は教わってないよぉ?」
「大丈夫。そのうちちゃんと見つけていけるよ」
帰りは行きの通路とは違い、狭い階段を上がっていく。最後の扉を開けると、いつも奏空がいるエントランスカウンターの部屋に出た。
「ここから行っても構わないんだけどね。表からの方が雰囲気出るでしょ?」
「ふえぇ」
閉じられた扉も、行きと同じで目立たない物置のような扉だ。
「さぁ、お昼にしよぉ。準備しておくから二人を呼んできてもらえる?」
「うん、わかったよぉ」
再び外に元気に飛び出していった渚珠を見ながら、ようやく奏空の肩の荷が少し下りたような気がした。
その夜から、全ての仕事を終えるのを確認するのが渚珠の役目となった。
まだ全てを理解したわけではないが、凪紗と一緒に管制を夜間の自動モードに切り替える時に立ち会うのが1日の最後になる。
「こうしておけば、なにかあればあちこちのアラームで教えてくれるのよ。渚珠ちゃんの部屋でも鳴るから……」
「そっかぁ。でもそういうのはほとんど無いんでしょ?」
「そうだなぁ。これまでに何回ってレベルかなぁ。エンジントラブルで緊急着水ってやつ? お客さん乗ってなかったから、直さないで点検して引き上げてったけど。あとは漂流物に警報装置が反応しちゃったりね」
システムを待機モードにすると、それまであちこちで点灯していたモニターや表示がおとなしくなって、窓の外に広がる景色からも保安灯だけに灯りが落ちた。
「緊急立ち上げなら3分で出来るから。夜誘導灯まで点けっぱなしにしておくと電気もったいないし、その間に充電も出来るでしょ?」
『地球』の時代と違い、現在のアクトピアの電力はよほどの大都市を除いて自然エネルギーやそこからの副産物で作られる燃料からの発電を組み合わせて供給されている。また、エネルギーについても街単位や施設単位で自給自足の原則がある。
このALICEポートも例外ではなく、風力・潮流・太陽光などの自然エネルギーに加え、自家発電機も持っていて、基本的には全てを自前で賄えるようになっていると弥咲から説明を受けていた。万一の非常時に備え、外部からもケーブルは来ているが、それは本当に必要最低限のバックアップ用だと言う。
そのため、周囲を海に囲まれているこの場所は、夜になって灯りを落とせば一面の星空に覆われる。
凪紗を部屋に見送り、自分の部屋に戻った渚珠。昨日は長旅の疲れですぐに眠りに落ちてしまったが、今日はまだ少しだけ余裕があった。
それぞれの個室は、外に出られるようにデッキを持っているし、そこから下に降りることも出来る。渚珠の部屋からは、正面に砂浜の海岸を望める。部屋から漏れる明るさで浜までは歩けそうだ。
デッキを降りて波打ち際まで近寄る。部屋からの灯りと月明かりに照らされて思ったより明るかった。
裸足になって恐る恐る歩を進めると、寄せた波が彼女の足首までを一瞬で包み込んだ。
「冷たっ」
「こんな暗いところで……。気をつけた方がいいよぉ」
「奏空ちゃん?」
思わず足が止まったところに後ろから声がかかる。隣室の奏空がランタンを持って浜に出てきていた。
「なんか、気配がしたから出てきちゃった。お邪魔だった?」
「ううん。全然そんなことないよ。今日はありがとう」
砂浜に戻り、奏空の横に立つ。
「わたし、こんなのことも生まれて初めてだから……。みんなから見たら、おかしいでしょ?」
「あそこにはないの?」
頭上で光を放っている大きな天体を見上げる二人。
「うん。お水は貴重だからね。プールなんかありえないよ。お風呂だって毎日は入れないし。それを考えたら、本当に嘘みたいだよ」
「へぇ、そうなんだ。あとはなにか違うことってある?」
「そうだねぇ。ああやって窓を開けっ放しにしておくなんて出来ないし、夜にこうやって一人で出歩くなんて出来ないから」
「そうなの?」
アクトピアと違い、ルナ=モジュールはかなり合理化が徹底されていると聞いていたが、そこまでとは知らなかった。
「もちろん、外側の窓に何かあったら大変なことになるから開けるなんてことは出来ないし、電気の節約のために夜の時間は共有部分のほとんどの電気を落とすんだよ。だから真っ暗でとても出歩くなんて出来ないんだよねぇ」
「うわー。それはきついねぇ。それじゃ夜は家にいるしかないんだ」
「そうだね。だから基本的には門限が決まってるの。中には非常用の電源とか勝手に使って夜遊びしている人もいるみたいだけど、バレたら後で大変だしね」
実際には人工的な環境の中で生活を送っている人々もアクトピアの中には海中都市を含めたくさんいる。それでもそこまでの統制された生活環境ではないと聞いていたし、奏空も研修で何度も都市には出かけているが、渚珠の話のようなことはなかった。
「だから、そういう意味でも、アクトピアはルナ=モジュールの人にとって憧れの場所なんだよ」
ALICEポートには何組ものルナ=モジュールをはじめ、それ以外の移住星からの宿泊客を泊めている。彼らの口からは大概において、アクトピアへの憧れの声が聞こえていた。それがどんな生活をもとにしての言葉なのかはこれまで知ることはなかったが、この渚珠の証言によって、かなり明らかになった。
「だから、わたしが一人ここにいていいのかなって思ったりもしてるの」
「うん……。そっかぁ……」
砂浜に座り込んで、寂しそうに空を見上げる渚珠を見ていると、奏空はそれ以上声をかけることができなかった。
「二人とも、夜風は体冷やすよ?」
振り返ってみると、パジャマ姿の凪紗が同じようにランタンを持ってたっていた。
「ごめんねぇ、起こしちゃった?」
「ううん。キッチンに行ってお茶飲んでるときに見えたから乱入しに来ちゃった」
渚珠は奏空に話した内容を手短に彼女にも話すことにした。
「もちろん、ここに来られたことは大満足だし。でも、なんでわたしなのかってのがずっと引っかかっていて…。わたしの前の所長さんってのはいなかったんでしょう?」
「そうねぇ。私たちがここに初めて来た時から所長さんは不在って形になっていたはず」
奏空は当時を思い出したらしく、大きくうなずいた。
「それもそうだし、渚珠ちゃん以外、全員飛び級の去年配属だから」
「えぇ? そうなのぉ?」
ルナ=モジュールとアクトピアでは学業についても大きく異なる部分がある。学業プログラムが完了して、所定の認定試験をパスすれば、年齢に関係なく卒業という資格を得ることになる。もっとも、実技などもあるので、いわゆる一人前とみなされる中学卒業については、前倒ししたとしても1年か2年だ。
「じゃぁ、1年前に今の三人がそろって、ここまでなったってわけぇ?」
ここまでの設備とサービスをわずか2年で完成させるというのは、どれだけ彼女たちのポテンシャルが高いといえども、無理な話に見えた。
「ホテルはともかく、設備については、私たちが来る前から決まっていた感じだよね」
そうなってくると、渚珠の疑問だけでなく、他の三人にも疑問が次々に湧いてくるようだった。
「よく考えてみれば変な話よね。休止していたとは言え、これを指示した以前の人たちが誰も残っていないって事じゃない? 引継ぎもなんにもなかったような…」
結局、その話は弥咲が加わって、渚珠の部屋で夜中過ぎまで白熱することになった。
「まぁ、ともかく。ここにみんなでいられる事に不満はないわけでしょ? あんまり表立って騒ぐのも良くないから、時間があるときにでもこっそり調べてみましょう」
これまで、全員何らかの疑問は持っていたのだったが、なんだかこの夜中の会合では、ここに集まった四人は、本当に何か理由があって来ていること。そして、それがかなり以前から決められていたことだと分かってきた。
そして、その事実については、意外な形で後日分かることとなった。




