2話
「うにゅ~~」
目覚ましの音で目を開けると、昨日自分でセットしておいた朝5時半。
「おはよぉ。はれぇ……」
まだ寝ぼけているのか、周囲の状況が先日までと違うことがどうしてなのか思い出すのにしばらく時間がかかる。
「あ、そっかぁ……」
たっぷり10秒はかかってようやくエンジンがかかったようだ。
「準備しなくちゃぁ……」
まずは部屋を出て共有の洗面所に向かう。居住スペースであれば服装は何でも構わないとのことで、渚珠もパジャマのまま洗顔に向かった。
「おはよぉございまぁす~」
先客は後ろ姿だけを見ただけでも分かった。
「おはようございます。昨日はちゃんと寝られました?」
長い髪を梳かしながら、奏空が笑顔で話しかけてくれた。
「まだちょっと緊張が抜けてないかもしれないけど……、大丈夫かなぁ」
「そっか……。慣れるまではしばらく疲れるかもね。無理しないようにね」
「うん。ありがとぉ。他のみんなは?」
主に居住サービス系を担当している奏空がこの時間に準備をしていると言うことは、これから朝食とかの準備なのだろう。主に技術系の凪紗と弥咲も気になる。
「あの二人なら、今頃散歩しながら点検してるんじゃないかなぁ。いつもの日課だから」
「えぇ~~。こんな早い時間にぃ?」
「うん。もちろんちゃんとした点検の時間ってのもあるんだけど、夜の間に何か変なことがなかったか、大体この時間で散歩しながら見回ってるかなぁ」
そうなると、今朝一番遅かったのが自分ということになる。
「明日からもっと早起きしなくとゃ……」
「気にすることないよ。みんな勝手に早く起きてるだけだし。他の場所と違って、特に起床時間ってのもないからね」
「そうなのぉ……?」
奏空は笑顔で頷いて答えた。
「じゃぁ、15分くらいしたらみんなの朝ご飯を用意するから、お手伝いお願いしてもいい? 今日はお泊まりのお客さまはいないから、自分たちの分だけだね」
「うん。すぐに着替えていくよぉ」
洗顔を済ませ、急いで部屋に戻ってパジャマを脱ぎ捨てる。
こういうとき、何を着るか悩まずに済む制服はありがたい。前日にセットしてハンガーも掛けてあったものを身につけ、髪型をいつものようにセットして部屋を飛び出すまで10分ほどで終わった。
「おねがいしますぅ」
キッチンはいわゆるホテルのような大きな厨房ではなく、普通の家庭にあるキッチンに大型のオーブンなど最低限の業務用機器を置いたくらい。器具なども奏空の趣味で揃えたような家庭的な部屋だった。
「そんなに急がなくても大丈夫だよ。今朝の献立はトーストにゆで卵にハムサラダってところかな。パンを焼いておいてくれる? 一人2枚くらいで、あとは個人で好きにやってもらうから」
水玉柄のエプロンをした奏空は、サラダ作りに取りかかっているようだ。
「はーい。いつもこんな感じなの?」
パンをオーブントースターに入れながら渚珠がたずねる。
「そうねぇ。お客さまがいたり、みんなのリクエストがあればもう少し手をかけたりすることもあるかな。材料はある程度の物なら作れるように揃えてあるから。でも、手抜きはしてないよ? パンもドレッシングも自家製なんだから」
「へぇっ!」
自分が厚切りに切っているパンも、確かに焼きたてのように暖かい。それにサラダボウルに盛りつけが終わった後、奏空は味をみながらドレッシングを作っているようだ。
「すごぉい。パンの準備とかって大変なんじゃない?」
ルナ=モジュールにいたころは、食料品などは生産工場で機械的に生産されてくる物ばかりだったし、栄養剤などでの『補給』という形の食事をとっている人も少なくなかった。それこそ焼きたてのパンなどは食べたくても手に入れること自体が不可能だ。
「まー、前の日の寝る前にセットしておけば、下ごしらえまでは機械でやってくれるし。焼き上がるのを待つだけだからね。慣れてしまえば大丈夫だよ。朝から生パスタが食べたいとか言われなければね」
「ほえぇ~」
しかし、奏空が元気なときはいいとして、彼女も普通の生身の人間だ。調子が悪かったり、外出したりしたときはどうするのだろう。
そんな渚珠の考えが分かったのか、奏空は笑って教えてくれた。
「大丈夫だよ。ちゃんとレトルトとか、保存食料品はちゃんと準備してあるから。お湯を沸かすくらいはみんなできるから、飢え死にはしないわよ」
「そっかぁ。わたしもお料理教えてもらおー」
程なくあとの二人も入ってきて、賑やかな朝食になった。
「今日は、一通りのお仕事を見てもらうけど、奏空お願いできる?」
朝食の後がその日の打ち合わせになっているようで、凪紗が今日の渚珠のスケジュールを考えてくれていた。
「それはいいけど、一応定時のバス便の時はお出迎えした方がいいよね」
「うーん、そうね。弥咲でも構わないけど……。どうせだから、一緒に対応してくれる? 今日の宿泊のお客さまの予定は? 訓練の予定も今日は入ってないわ」
「今日の宿泊は無し。いつもどおり食事の時間帯は臨時でいくつか入るかもしれないけど」
二人の間の短い会話を聞いていても、こののほほんとした空気の中でも、ちゃんと仕事場という雰囲気が感じられる。
「それでは、今日の持ち場です。あたしは管制、弥咲はドックでOK?」
「いつもの持ち場で待機してるわよ」
弥咲が応える。
「奏空がフロントとサービスで持ち回り。渚珠は奏空にいろいろ案内してもらってください」
「うん」
二人が頷いて、朝のミーティングが終わった。
「凪紗ちゃんって凄いねぇ」
「なにが?」
それぞれの職場に散った二人を見送り、食堂を片付けながら渚珠はつぶやいた。
「だって、ちゃんと仕事してる~って感じなんだもん」
「なに言ってるの。あれも今日までだよ?」
「へぇ?」
ぽかんとしている渚珠に、奏空は続けた。
「だって、明日からは渚珠ちゃんのお仕事よ? 凪紗ちゃんだってあんまり堅苦しくやりたくないからってずっと言ってるんだし」
「ほへ~~~。わたしに出来るかなぁ?」
考えてみれば、まだ見習い期間とは言っても渚珠の肩書きはここの管理者だ。奏空の言うこともそのとおりだ。
「大丈夫。みんな助けてくれるし、ここの中なんだから。片付けが終わったら、一通り案内するからね」
「うん……」
なんだか、これからが大変そうだと思う渚珠の心の内の不安の色とは裏腹に、今日も窓から見える空は真っ青だった。




