第5話 白い猫探し
色とりどりの野菜、果物、異国の織物が並び、大勢の買い物客で賑わう活気ある市場。その市場の片隅。
若いお役人が、頭を抱えてあっちこっちをウロウロしとる。大きな買い物籠を持ってお使いに来た秋月と明蘭が、不思議そうに立ち止まった。
「ねえ秋月、あのお役人さん、さっきから同じとこをグルグル回っとらん? なんか落とし物でもしたんかねぇ?」
「うーん、お役人の公式な捜索じゃったら、もっと大人数で動くはずじゃん?」
「そうじゃねぇ。どうしたんじゃろ?」
じーっと見つめる秋月。しばらくすると
「……あ、あの人の服の裾、白い毛がたくさんついとるよ」
「ほんまじゃ! なんで白い毛がたくさんついとるんかね?よし、困っとるなら助けてあげようやぁ!」
二人が近づくと、お役人は情けない顔でため息をついた。
「ハァ……どうしよう。上司に知られたら、今度こそ大目玉じゃ……」
「ねぇ、お役人さん! 何をそんなに困っとるん? うちらで良ければ、力になるんよ!」
お役人は飛び上がって驚く。
「うわっ!? ……あ、いや、なんでもない……と言いたいが、背に腹は代えられん。実はな、偉い人が大事にしとる飼い猫の白雪を預かっとったんじゃが、一瞬の隙に逃げられてしもうたんじゃ……」
「えっ、偉い人の猫!? ……あ、もしかして、お昼寝しとる間に逃げられたん?」
お役人はギクッと反応して、バツが悪そうに問いかけた。
「な、なんでそれを……!?」
「お兄さんの烏帽子、ちょっと右側にズレとるし、頬っぺたに畳の跡みたいな線がついとるもん」
「あはは! 居眠りしとったんじゃん! お兄さん、それは自業自得よん! 」
「とほほ……」
「でも、猫探しなら任んさい! うちと秋月が、あっちこっち探してきてやるけぇね!」
「え、君たちが……」
怪訝な顔をする役人。明蘭は再度自信たっぷりに言い放つ。
「心配せんでも、この秋月が頭脳、うちが足! これ以上ない最強のコンビじゃろ?」
「ちょっと待てよ明蘭、勝手に話を進めないで。だいたい……」
「ほら、秋月もやる気満々よ! 役人さん、吉報を待っときんさい!」
秋月の抗議を笑顔で握りつぶした明蘭は、彼の背中を力強く叩き、獲物を見つけた猛獣のような目で、迷宮のごとき路地裏を睨み据えた。
勢いに負けた役人は明蘭たちを頼ることにした。
「そんなにいうならお願いするわ! 触ると鈴の音がする、真っ白で太った猫じゃ!」
秋月は地面をじっと見つめ、明蘭はキョロキョロと上を見とる。
「明蘭、そんなに上ばかり見ていたら、足元の障害物に気づかずに……」
「わっちゃ!?」
秋月の忠告が響くのと同時に、明蘭は見事に木箱に躓いて派手な音を立てた。
「ほら言わんこっちゃない。……しっ、静かに! ほら、今の音に驚いて、あそこの樽の裏から猫が顔を出したんよ」
怪我の功名か、明蘭のドジが隠れていた猫を炙り出す形になり、二人は顔を見合わせた。
よく目を凝らすと白黒の尻尾の痩せた猫。役人が言ってた真っ白で太った猫じゃない。
ちょっとガッカリした二人だったが路地裏での真っ白で太った猫の捜査を続ける。
「今度こそ本物の白雪ちゃーん出ておいでや!白雪ちゃーーん!!」
明蘭が大きな声を張り上げると、隣の秋月は慌ててその口を手で制した。
「明蘭、静かに。大きな声を出したら逃げるんよ。……ほら、足元を見てみんさい。こっちのぬかるんだ地面に、丸い足跡が続いとる。この歩幅、結構のんびり歩いとるね。あ、魚屋の裏口に向かっとる!」
秋月が地面を指さすと、明蘭はキョロキョロとそちらに視線を向けた。
「魚屋さん!? 泥棒猫じゃん! 急ごうや!」
二人が魚屋の裏へ回ると、魚屋のおじさんが大きな声を上げとった。
「これこれ! 売り物の干物を突っついたらいけん! ……あ、こら、待て!」
チリン、と澄んだ鈴の音がして、白い毛玉のような猫が、素早い動きで木箱を蹴って屋根の上へと飛び上がった。
「太っとるのに意外と身軽じゃん!」
「おーい! 白い猫! 待て待て〜待って〜〜!」
二人は急いで魚屋の前まで行き、屋根を見上げた。
白猫は高い屋根の上を優雅にあっちこっちと歩き回っとる。
「あんな高いとこ、手が届かんじゃん! どうしよう、秋月! 梯子でも持ってこようや!」
「待って、梯子を探しとる間に別のとこへ行っちゃうよ。……あの猫、さっきから毛繕いばっかりしとるね。お腹はいっぱいみたいじゃし、お役人さんから逃げたのは、ただ遊びたかっただけじゃろう?」
「遊びたい……? 」
「そうじゃと思うよ」
「よし、 じゃあ、これでどうじゃ!」
明蘭は自分の髪を結んどった丸い飾り紐を外すと、それを手の中でブンブンと揺らした。
「白雪ちゃーん、こっちに面白いもんがあるよん! ほらほら、捕まえてみんさいや!」
白猫はピクッと耳を動かすと、明蘭の揺らす紐に目を奪われ、屋根の端まで降りてきた。
「明蘭、そのまま引きつけて! ……よし、今じゃ!」
秋月は、持っとった大きな買い物籠を、猫が飛び降りた瞬間にそっと差し出した。ポスン、と小気味よい音がして、白猫は籠の中にすっぽりと収まった。チリン、と鈴が鳴る。白猫は観念したように、籠の中で「にゃ〜」と小さく鳴いた。
「やったぁ! 捕獲大成功じゃん! 秋月、ナイス籠キャッチよん!」
「ふぅ、手強い相手じゃったねぇ。でも、怪我がなくて良かったわ」
お役人に猫を無事引き渡し、市場へのお使いを済ませた二人は沈家へ戻ってきた。広間では、沈父と沈母が待っとった。
「おばちゃん、聞いてよん! 今日は偉い人の猫を、うちと秋月で捕まえたんよ! ぶち大金星じゃん!」
「あらあら、猫捕り名人ねぇ。お茶を入れたけぇ、たくさんお話し聞かせてちょうだい」
「お父さん、今日のお役人さん、仕事中に居眠りしとったんよ。それって『大人の務め』としてどうなん?」
沈父はお茶をすすり、一瞬目を泳がせてから話し出した。
「……ふむ。仕事中の居眠りは、確かに弛んどるな。明日、その部下には庭掃除を言い渡しておこう。……じゃが秋月、明蘭。猫の動きを予測して籠で受けるとは、お主たちの連携、なかなか見事じゃったぞ」
「えへへ、おじちゃんに褒められた! 明日はもっと大きな事件を解決しようや、秋月!」
「うふふ、あんまりドタバタするのは困るけど、明蘭と一緒なら、どこへ行っても退屈せんねぇ」
二人は笑い合いながら、温かいお茶とお菓子を美味しそうに楽しむのだった。




