第9話 ゲーム中毒の猫
朝の通知って、鳴った瞬間に体温を奪う。
心臓が先に「やばい」って言う。便利。最悪。
私はコハク。狐の獣人。女。
尻尾は今日もピンクで封印。恥でしか自分を止められない。終わってる。
スマホが震える。知らない番号じゃない。
ミツから。
『昼、駅前。来い。ヤニある。あとネコも来る』
ネコ。
嫌な予感しかしない。
私は返信しないで、画面を伏せた。
返信って首輪になる。無料だけど、無料ほど危ない。
1
昼。駅前の喫煙所。
屋根があって、風が弱くて、変なジジイが一定の距離で咳してる場所。ミツの“安全地帯”。
ミツはいつも通り真ん中にいた。
タバコ。缶コーヒー。目の下のクマ。終わってるのに生きてる顔。
「遅い」
私は即答。
「遅くない。お前が早いだけ」
ミツが笑って煙を吐く。
「はいはい。で、紹介するわ」
紹介。
その単語やめろ。私の胃が冷える。
「友達の紹介。借金のじゃない」
ミツがそう言って、手をひらひらした。
その横にいたのが、ネコ。
耳が三角。目がでかい。身長は私より少し低い。
髪はボサボサ。指先が落ち着きなく動いてる。
尻尾が長くて、先っぽだけピクピクしてる。猫ってそういうとこある。ムカつく。
そして、首からぶら下がってるのは携帯ゲーム機。
画面が光ってる。今もやってる。挨拶の前にコンボしてる。
ミツが言う。
「コハク。こいつ、レン」
レンは画面から目を離さないまま言った。
「んー……ども」
ども。
軽い。軽い挨拶ほど信用できない。
でもこいつの軽さは、パチ屋の軽さじゃない。別の地獄の軽さ。
私は言う。
「……猫獣人?」
レンがやっと顔を上げて、私のピンク尻尾を見て、目を細めた。
「……やば。ピンク尻尾、レアスキンじゃん」
私は即答。
「スキン扱いすんな。私の人生だ」
レンは一瞬だけ笑った。
笑い方が、ゲームの勝ち演出みたいに軽い。
軽い勝ちは怖い。すぐ負けに繋がるから。
ミツがタバコを灰皿に押し付けて言う。
「レン、ゲームやめろ。今から話」
レンは言う。
「無理。デイリー終わってない」
ミツが言う。
「終わってないのはお前の人生な」
「それはそう」
認めるな。終わってる。
2
三人でコンビニ横のベンチに移動する。
ミツはヤニ吸って、私は水買って、レンはずっと画面を叩いてる。
レンの指が止まらない。
止まらない指って、私のハンドルを思い出させる。やめろ。
私は言った。
「レン、ゲーム好きなんだ」
レンは即答。
「好きっていうか、やめたら死ぬ」
重いことを軽く言うな。
軽い言葉は、たまに本気を隠すから怖い。
ミツが言う。
「こいつ、ガチのゲーム中毒。寝る前も起きた瞬間もやってる。風呂も持ち込む」
レンが即返す。
「防水ケースあるし」
「誇るな」
「誇ってない。装備紹介」
装備。
人生をゲームにすると、現実が薄くなる。
薄くなると、痛くなくなる。痛くないのは楽。楽は危ない。最悪。
レンが私を見る。
「で、狐の人は何中毒?」
私は即答する。
「音」
レンが目を丸くする。
「音?」
「パチ屋の音」
レンが「うわ」って顔をした。
この“うわ”は刺さる。小声より刺さる。刃が太い。
ミツが横から言う。
「安心しろ。コハク、最近ちょっとだけマシ」
私は言う。
「マシって言うな」
レンはゲーム機を一瞬だけ下ろした。
「マシってことは、前はもっと終わってたの?」
私は言う。
「終わってた。今も終わってる。種類が違うだけ」
レンが頷く。
「わかる。終わりって、選べる」
選べる終わり。
その表現、ムカつくのに分かる。
私は終わりを選びに行く癖がある。レンもそうだ。
レンがまた画面を叩き始める。
「……てかさ、コハク。今いくら負けてんの?」
直球。
猫ってこういうとこある。距離感が雑。雑なのに刺さる。
私は言う。
「借金。四万くらい。たぶん」
レンが目を細める。
「たぶんは、HPバー見ないで殴ってるやつ」
私は言う。
「うるさい」
ミツが頷く。
「それは正しい例え」
レンが言う。
「ちゃんと数値化しなよ。ゲームは数値見ないと負ける」
私は言った。
「現実は数値見ても負ける」
レンが一瞬止まって、それから小さく笑った。
「……それもそう」
3
そのとき、私のスマホが震えた。
知らない番号。
また。
プレビューだけ見える。
『今日も偉いね。落ち着ける場所、見つかった?』
優しい顔の文体。ユメカネの匂い。
心臓がうるさくなる。うるさい心臓は、私をパチ屋に戻そうとする。
私はスマホを伏せた。
ミツが言う。
「来てんの?」
私は言う。
「来てる」
レンが、いつの間にか私のスマホを覗いていた。猫の距離感。最悪。
「それ、返した?」
私は即答する。
「返してない」
レンが言う。
「偉くね?」
偉いって言うな。
偉いって言葉、私に効くから嫌い。
ミツが言う。
「返信したら負け。ってコハク、学んだから」
レンがゲーム機を下げて、真面目な顔をした。
「ねえ、コハク。ゲームもさ、負けたときほど“もう一回”ってなるじゃん」
私は言う。
「……なる」
レンが言う。
「それ、負けが悔しいんじゃなくて、途中で止めたくないんだよね。“今やめたら意味なかった”って思うから」
それ。
それが、私のパチ屋と同じ構造だ。
私は息を吐いた。
「……やめろ。猫のくせに正論言うな」
レンは肩をすくめた。
「猫だから言える。人間は言い訳上手いじゃん」
ミツが笑う。
「確かに」
私は舌打ちする。
「二人ともムカつく」
レンが言う。
「ムカつくってことは、効いてる」
またそれ。
効くのが嫌。効くと現実になる。現実は痛い。
レンはゲーム機を見ながら言った。
「じゃあさ、今日の作戦。私が決めていい?」
私は言う。
「何」
レンが言う。
「コハク、今日パチ屋行きたくなったら、代わりに私とゲームしよ。ガチャじゃなくて、対戦のやつ。負けたら悔しいから、パチより健全」
ミツが即言う。
「健全ではない」
レンが即返す。
「パチよりは健全」
私は言った。
「……私、ゲーム下手だよ」
レンはニヤッとする。
「下手でもいい。下手なほうが“伸びしろ”って言い訳できる」
言い訳。
無料のやつ。
でも今日は、その無料がちょっとだけ命綱に見えた。ムカつく。
私は小さく言った。
「……いいよ。今日だけ」
ミツがタバコを一本取り出して、火をつけた。
「今日だけって言うやつ、だいたい続く」
レンが笑う。
「続いたら勝ちじゃん」
勝ち。
苦い勝ち。
でも苦い勝ちが本物って、私はもう知ってる。ムカつくけど。
私はピンク尻尾を引っ張って、言った。
「……最悪」
レンがゲーム機を掲げた。
「最悪のまま、次行こ。デイリーと現実、両方な」
私は言う。
「現実をデイリー扱いすんな」
レンは笑う。
「デイリーにしたほうが、生き残れる」
生き残る。
その言葉だけ、ちょっとだけ好きだった。ムカつくけど。
私たちは駅前のパチ屋の看板を見ないで、コンビニの横でゲーム機の画面を覗き込んだ。
音じゃなくて、画面。
光じゃなくて、手元。
今日はそれでいい。
溶けなかったら、それが勝ち。




