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パチ中の狐、今日も溶ける  作者: もや兄


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8/30

第8話 "Smoker" Friend

朝の空気って、肺に入る前から説教してくる。


「今日こそちゃんとしろ」って顔して、普通に刺してくる。やめろ。私は刺さり慣れてるけど、好きじゃない。


私はコハク。狐の獣人。女。


尻尾は今日もピンクで封印。恥でしか自分を止められない。終わってる。


スマホが震える。求人アプリの通知。


『本日 12:00〜 倉庫仕分け/日払い/現金手渡し』


昨日クビになったのに、同じ匂いの仕事が来る。


人生って、同じ地獄の入口を“別ルート”って書き換えて出してくる。姑息。


私は画面を見て、舌打ちした。


「……行くしかないじゃん」


行くしかない。


この言葉、人生で一番使ってる。無料だから。


1


昼前。駅の裏の集合場所。


同じ顔が並んでる。眠い顔、無の顔、生活を削ってる顔。


私はその中で、ちょっとだけ目立つ。


耳と尻尾のせいもあるし、尻尾がピンクで封印されてるせいもある。


「うわ、派手」


誰かが小声で言う。


小声って、ちゃんと刺さる。むしろ小声のほうが刺さる。刃が細いから。


私は言い返したかったけど、今日は“キレない”って決めてる。


ハルに言われたからじゃない。自分で決めた。たぶん。そういうことにしたい。


その瞬間、背後から声。


「コハク」


呼び方が雑。雑って安心する。


丁寧な呼び方は、だいたい罠。


振り返ると、いた。


髪はボサボサ。目の下はクマ。口元はニヤけてる。


手にはコンビニのコーヒーと、タバコ。


タバコの匂いが先に来た。人間より先に。


「……ミツ」


ミツ。


私の友達。たぶん。


人間の女。年は同じくらい。


ヤニカス。ガチの。


ミツは私の尻尾を見て、秒で笑った。


「なにそれ。尻尾、バカみたいな色」


私は即答。


「うるさい。百均」


「百均、世界救うね」


「救わない。私を殺す色」


ミツは火をつけた。


火をつける動きが、やけに慣れててムカつく。慣れって人を終わらせるのに、ミツはそれを“生活”にしてる。


「で、何。今日も溶けに行く途中?」


私は言う。


「違う。働く」


ミツが煙を吐く。


煙が綺麗に輪になる。綺麗なものってムカつく。だいたい役に立たないから。


「え、偉くない? コハクが働くって、世界の終わり?」


「世界終わってるのはお前の肺」


「それはそう」


ミツは笑って、私の肩を軽く叩いた。


「久々に会ったのに、相変わらず口悪いね。安心した」


安心。


友達って、こういう安心の仕方するんだよな。


“まともになれ”じゃなくて、“そのままでも死ぬな”って方向。


私は言った。


「……お前、今日なんでここにいるの」


ミツはタバコを指で挟んだまま、平然と言う。


「単発。日払い。ヤニ代」


潔すぎて腹立つ。


「ヤニ代のために生きてるの?」


「うん。あと、コンビニのアイス」


「終わってる」


「終わってる同士、仲良くしようよ」


仲良く。


その言葉、私に効く。ムカつく。


2


現場。倉庫。


番号見て、棚入れ。ピッ、ピッ。単純な音。


単純な音なのに、私の頭が勝手に変換する。


ピッ=コトン。


棚=島。


箱=玉。


やめろ。私は今、パチ屋じゃない。


でも脳がパチ屋に住んでる。引っ越しできない。家賃払ってないのに居座る。


私は歯を食いしばって作業する。


ミツは私の隣で、めちゃくちゃ雑に働いてる。


雑なのに早い。


雑なのにミスが少ない。


ムカつく才能。


休憩になって、外の喫煙所へ流れる。


人が動く方向って、だいたい欲望の方向と同じ。


ミツは当然みたいに喫煙所の中心に座った。


「コハク、火つける?」


私は即答。


「吸わない」


「え、ウソ。狐って煙好きじゃないの?」


「種族差別やめろ」


「え、じゃあ匂い嗅ぐだけ?」


「嗅がない。てかヤニ臭い」


ミツは笑って煙を吐いた。


「ヤニは“生存確認”だから」


その言い方。


水を“まだ死んでない確認”って言ってた私と同じ。


最悪。友達って鏡みたいでムカつく。


ミツが言う。


「でさ、ハルくんは? 最近一緒にいるって聞いた」


私は硬くなる。


「誰に聞いた」


「街って狭いじゃん」


狭い。


狭い街は、情報が早い。


情報が早いと、ユメカネの“見てる”が現実になる。やめろ。


私は言う。


「ハルは……ただの、うるさいやつ」


ミツがニヤってする。


「友達じゃん」


私は反射で言う。


「友達じゃない」


ミツがタバコを灰皿に押し付けて、ちょっとだけ真面目な顔をした。


「友達って言えないやつは、だいたい友達欲しいやつだよ」


刺すな。


ヤニカスのくせに刺すな。


私は言う。


「うるさい。今は友達の話じゃなくて、金の話」


ミツが頷く。


「お、来た。金。いいね。現実」


現実。


現実って言葉、嫌い。


でも嫌いなものほど、私を生かしてる。ムカつく。


ミツが言う。


「ユメカネ、まだ?」


私は息が止まる。


「……なんで知ってんの」


ミツは何でもない顔で言った。


「知ってるよ。あの“優しい顔”の営業。駅前で見た。コハクに近づいてた」


優しい顔。


その単語だけで、胃が冷える。


私は言った。


「見てたなら止めろよ」


ミツは軽く笑う。


「止められないよ。コハク、止められるとキレるじゃん」


……そう。


止められるとキレる。


キレると尻尾が揺れる。


揺れると負ける。


負けるとまた帰ってくる。


私は自分の仕様が嫌になる。


ミツは煙を吐きながら言う。


「でもさ、あれ、ガチでヤバい匂いだよ。パチ屋の店員よりヤバい」


「比較対象が終わってる」


「終わってるから分かるんだよ」


ミツはスマホを出して、私に見せた。


画面は、知らない番号からのメッセージ。


『紹介できます。興味あります』


ミツが言った。


「これ、昨日来た。たぶん同じとこ」


私は喉が鳴る。


「……お前、返したの?」


ミツは肩をすくめる。


「返してない。てか、怖いし。でも、コハクの名前っぽいの書いてあった」


心臓がうるさくなる。


うるさい心臓は、パチ屋の爆音より怖い。


爆音は機械だけど、これは現実。


私は言った。


「……私、巻き込んだ?」


ミツが即答する。


「巻き込まれた。巻き込んだじゃない。向こうが勝手に嗅ぎつけてくる」


ミツはタバコを消して、私のピンク尻尾を見た。


「コハク、尻尾揺れてる」


「実況すんな」


「実況じゃない。警報」


警報。


その言葉が、初めて“味方”っぽく聞こえた。ムカつく。


3


夕方。作業が終わる。


封筒に入った日払いが手渡される。数千円。軽い。


軽いくせに、私の明日を決める重さ。


私は封筒を握った瞬間、脳が言う。


“パチ屋行ける”


やめろ。


私は今日、行かないって決めた。


決めたことにしたい。


倉庫の外。風。


風がうまい。うまい空気は泣きたくなるから嫌い。


ミツが言う。


「帰り、どこ行く」


私は即答できない。


パチ屋って言いそうになる。


言ったら終わる。言葉って首輪になる。無料だけど、無料ほど危ない。


私は言う。


「……家」


ミツが笑う。


「嘘」


「嘘じゃない」


「嘘つくとき、耳がちょっと動くよ」


獣人の身体、最悪。個人情報が勝手に出る。


ミツはポケットからタバコを出した。


一本、咥えて、火をつけないまま口に入れた。


「今日はさ、パチ屋じゃなくて、喫煙所行こ。うちの近所の。屋根あって、風強くなくて、変なジジイしかいないとこ」


変なジジイ。


それ、パチ屋と変わらないじゃん。


でも“喫煙所”って言葉は、パチ屋よりちょっとだけマシに聞こえる。


脳って単純。腹立つ。


私は言った。


「……私、吸わないって言った」


ミツが言う。


「吸わなくていい。座って、ヤニ臭い話しよ」


ヤニ臭い話。


つまり、現実の話。


ミツは私の封筒を見て言った。


「それさ、月末に回す分、残しとけよ」


私は言う。


「……残せるかな」


ミツは、軽い声で言う。


「残せる。残せなかったら、今日の私が殴る」


「暴力で解決すんな」


「暴力じゃない。“外力”」


外力。


外力って、私の人生に必要かもしれない。


私はいつも自分で曲がるから。言ったのに曲がるから。


その瞬間、スマホが震える。


知らない番号。


プレビューが出る。


『今日、働いてたね。えらい。』


ユメカネの匂い。


優しい顔の文体。


私は息が浅くなる。


ミツが私のスマホを見て、眉をひそめた。


「……それ、来てんだ」


私は言う。


「見てるって言った」


ミツは、火のついてないタバコを指で回しながら言う。


「コハク。今日はさ、返信すんな」


私は言う。


「分かってる」


「分かってる顔じゃない」


私は言う。


「ムカつく」


ミツが頷く。


「ムカついていい。ムカついていいけど、返信はすんな。返した瞬間、向こうの勝ち」


勝ち。


また勝ちの話。


でもこれはパチの勝ちじゃない。


私はスマホを伏せて、深呼吸した。


深呼吸すると、ちょっとだけまともになる。痛いけど。


私は言った。


「……帰る。今日は帰る。ミツの喫煙所に」


ミツが笑う。


「よし。じゃあ今日の勝ち、それでいい」


勝ちが苦い。


でも苦い勝ちって、本物だってハルが言ってた。ムカつくけど。


私たちは駅前のパチ屋の看板を見ないで歩き出した。


背中で、爆音が鳴った気がした。


幻聴。最悪。


でも私は振り返らなかった。


振り返らなかった分だけ、今日はちょっとだけマシ。


ミツが隣で言った。


「コハク、尻尾、揺れてないじゃん」


私は言う。


「実況すんなって」


ミツは笑う。


「実況じゃない。……生存確認」


私は舌打ちして、ピンク尻尾を引っ張った。


「最悪」


でも、今日は溶けなかった。


ヤニ臭い友達のおかげで。ムカつくけど

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