表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パチ中の狐、今日も溶ける  作者: もや兄


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/30

第10話 夜のビート

夜の街って、音でできてる。


人の声、車の音、コンビニの入店音。全部が「ちゃんと生きろ」って鳴ってる。うるさい。


私はコハク。狐の獣人。女。


尻尾は今日もピンクで封印。恥でしか自分を止められない。終わってる。


今日も、パチ屋を見ないで帰れた。


帰れたのに、心の中がザワザワする。


溶けたい。


でも溶けたくない。


この二つが同時にあるのが、いちばんムカつく。


スマホが震える。


今度はミツでもレンでもない。


『今夜、来れる? 音浴びたくない?』


送り主:アオイ


アオイ。


私の友達。たぶん。


DJ。EDM好き。低音信者。


音で人生をごまかすタイプ。私と同類。種類違いの地獄。


私は画面を見て、思わず言った。


「……音って、薬みたいに誘うな」


1


夜。小さなクラブ。


入口が狭くて、中が暗くて、床がベタついてる場所。


でもパチ屋と違うのは、ここは“金を溶かしに来る場所”って自覚がみんなあること。


正直でムカつく。


ドアを開けた瞬間、低音が腹に来る。


ズン。ズン。


心臓の位置が分からなくなる。


分からなくなると、借金も一瞬だけ分からなくなる。最悪。最高。最悪。


「コハク!」


叫ぶ声。


振り返ると、いた。


アオイは派手だった。


蛍光のウィンドブレーカー、でかいヘッドホンを首にかけて、目元だけキラキラ。


笑い方が“音に勝ってる人”の笑い。眩しい。ムカつく。


「久しぶり! 尻尾ピンク何それ!」


私は即答。


「見んな。百均」


「百均、神じゃん!」


「神じゃない。私を辱める神器」


アオイは笑って私の肩を掴む。


「いいじゃん。今日、音で洗おう。脳みそ」


洗うな。


脳みそ洗ったら、また戻れなくなる。


でも戻りたくない日もある。今日みたいに。


2


フロアの端。スピーカーの近く。


アオイは私を“低音が一番当たる場所”に連れていく。


「ここ。ここが正義。胸の骨が鳴る」


胸の骨が鳴る。


それ、パチ屋の“当たりが来る前”の感じに似てて、嫌で、安心する。最悪。


アオイが言う。


「最近どう? 溶けてる?」


私は言う。


「溶けそうなのを止めてる」


アオイが目を丸くする。


「え、偉っ。成長してるじゃん」


偉いって言うな。


偉いって言葉は私に効く。効くと腹立つ。


私は言う。


「偉くない。恥で止まってるだけ」


アオイは笑う。


「恥でも止まれるなら才能だよ」


才能って言うな。


才能って言葉は、逃げ道みたいで好きになりそうで怖い。


そのとき、音が一段上がる。


ハイハットが切れて、ドロップ前の静けさ。


静けさって怖い。静かになると現実が入ってくるから。


アオイが私の耳元で言う。


「今から落ちる。飛べる?」


私は言った。


「飛べない。私は地面にしがみついて生きてる」


アオイが笑う。


「いいね。地面いる狐、かっこいい」


かっこいいって言うな。


私はかっこよくない。生活がかっこ悪い。


3


ドロップ。


ズンッッッ。


低音が腹を殴る。


殴られると、私はちょっとだけ“自分じゃない”になれる。


自分じゃないと、ユメカネの優しい顔も、パチ屋の看板も、借金の数字も、全部遠くなる。


遠くなるのは楽。楽は危ない。


私は気づく。


……私、これが欲しかった。


“回してる自分”じゃなくて、“揺れてる自分”。


揺れる。


尻尾が揺れるのは負けの合図。


でも体が揺れるのは、ここでは“生きてる合図”みたいに扱われる。


ムカつくほど優しい。


アオイが私の手首を掴んで、笑って言う。


「ほら! 尻尾じゃなくて体で揺れろ!」


私は叫ぶ。


「尻尾の話すんな!」


「ごめん! でも尻尾かわいい!」


「かわいいって言うな!」


声を出したら、少しだけ楽になる。


パチ屋で出す声はだいたい負け声だけど、ここではただの音になる。


音になった瞬間、私の恥も、ちょっとだけ軽くなる。


軽くなるのが怖い。軽いと戻るから。戻ると溶けるから。


4


一曲終わって、外に出る。


夜風が冷たい。冷たいと現実が戻る。現実は痛い。


アオイがタバコを吸おうとして、ミツみたいな動きで笑った。


「やば。ミツに怒られるやつだ、これ」


私は言う。


「ミツ、ヤニの権化だから怒らない」


アオイが言う。


「ヤニの権化、語感いい」


私は息を吐く。


「……アオイ。私さ、音に逃げるのやめられない」


アオイは一瞬だけ真面目な顔をした。


「逃げていいよ。逃げ方がヤバい時だけ、止めれば」


私は言う。


「止め方が分からない」


アオイはスマホを出して、私に見せる。


メモアプリ。短い箇条書き。


今日は帰る時間を決める


お金は使う上限を決める


“戻りたい”が来たら、外に出る


連絡が来ても返さない(それは音じゃなくて首輪)


首輪。


その単語に、胃が冷える。


私は言う。


「……ユメカネ、来る」


アオイが頷く。


「来る。だから、返さない。返すと向こうのビートになる」


向こうのビート。


その言い方、ムカつくのに分かりやすい。DJの例え、刺さる。


私は小さく言った。


「……今日、帰れるかな」


アオイが笑って言う。


「帰れる。帰れたら勝ち。勝ち方、今日の私がDJする」


勝ち。


また勝ち。


でも今日の勝ちは、玉じゃない。ガチャでもない。ヤニでもない。


“帰る”っていう、無料の言葉をちゃんと有料にする勝ち。


私はピンク尻尾を握って言った。


「最悪」


アオイが笑う。


「最悪でいい。最悪のまま、帰ろ」


私たちはまたフロアに戻らず、駅の方へ歩いた。


背中で低音が鳴ってる。


でも私は振り返らなかった。


振り返らなかった日の勝ちは、苦い。


苦いけど、これがたぶん本物

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ