第6話 初日でクビ
求人アプリって、眩しい。
「未経験歓迎」「即日払い」「アットホーム」
全部、嘘じゃない顔で嘘をつく。
私はコハク。狐の獣人。女。
尻尾は今日もピンクで封印。恥でしか自分を止められない。終わってる。
ユメカネの男に「月末まで」って言った。
言った瞬間は強かった。強い言葉って、発した直後だけ強い。
時間が経つと、ただの返済予定表になる。予定表は金を生まない。最悪。
だから、バイトを増やす。
増やすって言い方、前向きでムカつく。私は追い詰められてるだけ。
「日払い。現金手渡し。倉庫内作業。短期OK」
短期OKって、クズに優しい言葉だ。
優しい言葉には、だいたい落とし穴がある。私は落ちる側。
1
朝。倉庫。
集合場所に行くと、同じ顔が並んでる。
眠い顔、無の顔、人生の音量下げた顔。
ここはパチ屋じゃないのに、パチ屋と似てる。
“生活が削れてる人”の匂いがする。
現場の責任者っぽい男が言う。
「今日は仕分け。番号見て、棚入れ。わかるよね?」
分かる。分かるけど、分かりたくない。
私は頷いて、言った。
「はい。……私、こういうの得意なんで」
嘘。得意じゃない。
でも「得意」って言うと、ほんの一瞬、まともになれる。
まともになるの、気持ちいい。中毒。
名前を書かされる。身分証を出す。
そのとき、男が私の耳と尻尾を見る。
視線が一瞬止まる。止まるだけでムカつく。
「獣人の方? まあいいや。安全靴、サイズ合う?」
私は即答。
「合います」
合わなかった。
でも「合いません」って言った瞬間から面倒が始まる。
面倒を避ける才能だけはある。人生で一番いらない。
2
作業開始。
棚、棚、棚。
バーコード、番号、カゴ。
単純。単純なのに、単純は人を壊す。
単純って、思考が入る余地があるから。余地があると、借金が入ってくる。
頭の中でユメカネの男が笑う。
「えらいね」
ムカつく。私はえらくない。逃げ先を増やしてるだけ。
箱を持つ。置く。持つ。置く。
そのうち、私は自分の中の“パチ屋の手”を感じ始めた。
棚入れの動きが、ハンドルひねる動きに似てる。
バーコードを読む音が、台の演出音に似てる。
「ピッ」
「コトン」
「ピッ」
「コトン」
最悪。ここでまで脳が変換する。
私は思わず口に出す。
「……ここ、静かなパチ屋じゃん」
隣の若い男が、変な顔してこっちを見る。
「え、なに?」
私は即、キレ気味に言う。
「見んな」
「いや、見てないし」
「見た。今見た。ムカつく」
自分でも分かる。今の私は地雷。
でも地雷って、踏まれないと存在できない。クズの存在証明。
3
休憩。
自販機の前で、水を買う。
水は昼飯。まだ死んでない確認。
隣の人が缶コーヒー買ってる。いいなって思う。思った瞬間、ムカつく。
「……いいな。コーヒー」
って言ったら負ける気がして、言わない。
言わないけど、顔には出る。
尻尾がピンクで揺れる。封印の意味ない。
責任者の男が近づいてきて言う。
「コハクさん、だっけ? さっきから口調きついよ」
私は即答。
「元からです」
言ってから思う。
ここで“元から”は言い訳にならない。
でも私は言い訳が好きだ。言い訳は無料。無料のものは使う。
男が眉をひそめる。
「チーム作業だからさ。空気悪くなると困るんだよね」
空気。
空気って言うな。パチ屋の空気のほうがまだ正直だ。
私は言う。
「じゃあ私、喋らないんで。作業だけさせてください」
正しいこと言ったつもり。
でも正しい言い方って、だいたい相手の心を舐めてる。
私はそういうとこがクズ。
男は「うーん」って顔をして、去っていく。
去り方が“観察”の去り方。嫌。
4
午後。
安全靴が合ってないせいで足が痛い。
痛いとイライラする。イライラすると口が悪くなる。
口が悪いと人が避ける。人が避けると孤独になる。
孤独になると、パチ屋が恋しくなる。
完璧な導線。死ね。
棚の番号を見間違えて、箱を一個、違う場所に入れた。
すぐ気づいて戻そうとした、その瞬間。
責任者が後ろから言った。
「いま、違う棚入れたよね?」
言い方がムカつく。確認の顔がムカつく。
私は反射で言う。
「今戻そうとしてました」
「戻すのはいいけど、ミスはミスだよ」
「分かってます」
「分かってるなら最初からやらないで」
その言い方。
その言い方が、パチ屋の“外れ”みたいに正しくて、ムカついた。
私は口が勝手に言った。
「……じゃあ勝てる台だけ教えてくださいよ」
責任者が一瞬止まる。
「は?」
やった。
今の発言、終わりのやつ。
私は終わりの発言を、脳が止める前に口が出す。才能じゃなくて病気。
私は雑に言い訳する。
「冗談です」
「冗談に聞こえない」
「そういう顔なんで」
責任者はため息をついて、少し離れた場所に私を連れていく。
呼び出しってやつ。取り立てに似てる。空気が冷える。
5
事務所の隅。
責任者が、淡々と言う。
「ごめん。今日で終わりにしよう」
一瞬、頭が空っぽになる。
空っぽって、楽。
楽な瞬間って、だいたい最悪の前兆。
私は言う。
「え、なんで」
「ミスもあるけど、態度がね。周りが萎縮してる」
萎縮。
その単語が胸に刺さる。刺さってムカつく。ムカつくとキレる。
でも今キレたら、私が完全に“使えないやつ”で確定する。
私は笑おうとして、笑えない。
「……私、ちゃんと働いてましたけど」
「働いてた。でも合わない」
合わない。
その言葉、万能すぎて腹立つ。
合わないって言えば、全部切れる。人間関係も、仕事も、人生も。
責任者は最後に言う。
「日払い分は出す。お疲れ」
お疲れ。
お疲れって言葉、嫌い。
疲れてないみたいに言うな。疲れてるのが普通みたいに言うな。
私は立ち上がって、言った。
「……はい」
“はい”が短すぎて、自分でも笑いそうになる。
社会不適合者の返事。
外に出た瞬間、夕方の空がやたら綺麗。
綺麗なもの、ムカつく。
綺麗って、私の生活に何もしてくれない。
ポケットの中の封筒がカサッと鳴る。
今日の日払い。数千円。軽い。
軽いのに、私の明日を決める重さ。
私は言う。
「……初日でクビ。才能ある」
笑えないのに、笑うみたいな声が出る。
それが一番怖い。
そのとき、スマホが震える。
知らない番号。
ユメカネじゃない番号。
でも、こういうのはだいたい同じ匂い。
出ない。
出ないけど、通知のプレビューが出る。
『おつかれ。がんばってたね。』
……見てる。
この街、私の人生を観察してるやつがいる。
パチ屋より怖い。
私は舌打ちして、歩き出す。
足が勝手にパチ屋の方角を向く。
向くな。向くなって思うほど向く。
私は自分にキレる。
「黙って真っ直ぐ帰れよ、私」
言ったのに、曲がった。




