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パチ中の狐、今日も溶ける  作者: もや兄


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第28話 迎えに来るな、って言えた日

夜の駅前って、光が多すぎる。


光が多い場所はだいたい金が減る。パチ屋も、コンビニも、人生も。


私はコハク。獣人の狐。女。尻尾は今日もピンクで封印。恥じゃない。警報。ムカつくけど。


相談に行った帰り道、足が軽い。


軽い足は危ない。軽いと曲がる。曲がると戻る。戻ると溶ける。


私はそれを知ってる。知ってるのに、知ってるだけじゃ止まらない日もある。


でも今日は、止まる日。


ミツが隣で言う。


「今日は寄らねぇぞ」


寄らない。


その単語が、私の喉を一瞬だけ詰まらせる。詰まるのがムカつく。


寄らないって、たった三文字なのに、私の人生だと一番高い。


レンがゲーム機をいじりながら言う。


「寄りたくなったら“呼吸”ね。呼吸は無料だけど、今日は有料にする日」


有料って言い方、ムカつくのに分かりやすい。


ハルが言った。


「狐さん。今日は“迎え”を断つ日っす」


迎え。


ユメカネの捨て台詞。


『俺の方が先に迎えに行くから』


迎えに行く。


優しい顔のふりをした脅し。


私はその単語を、まだ胸の奥で鳴らしてしまう。鳴ると怖い。怖いと音が欲しい。音が欲しいと扉が開く。


扉は、開くときだけ優しい。


パチ屋の自動ドアは今日も、いつもの顔で光ってる。


「おかえり」って言ってくる。言ってないのに言ってくる。最悪。


私は一瞬だけ、目をやる。


目をやっただけで、胸がちょっと温かくなる。


温かいのが怖い。温かいって、許された気がするから。許されてないのに。


ミツが私のピンク尻尾を指でつつく。


「揺れてる」


「実況すんな」


「実況じゃない。警報だろ。鳴ってる」


鳴ってる。


そう。鳴ってるなら、鳴ってるって認めればいい。


鳴ってるのを隠そうとすると、もっと鳴る。私はそういう作りだ。


私は言う。


「……入りたい」


言った瞬間、ハルの目が動く。レンの指が止まる。ミツの口が少しだけ歪む。


全員、止まった。止まるって外力。ムカつくけど助かる。


ミツが言う。


「入りたいって言えたの、偉い」


「偉いって言うな!」


声が大きくなる。大きい声は負けの合図。


でも今日は、違う。大きい声が、私を外に固定する。外にいる声。


レンが言う。


「入りたい=負け、じゃないよ。入りたいのに入らない=勝ち」


勝ち。


苦い勝ち。


でも苦い勝ちが本物って、もう知ってる。ムカつくけど。


私は深呼吸する。


パチ屋の中じゃ禁止のやつ。


外で吸うと、胸が痛い。痛いと生きてる感じがする。嫌いだけど便利。


その瞬間、スマホが震えた。


私は反射で肩が跳ねる。


跳ねると尻尾が揺れる。揺れると負ける。


でも今日は、揺れても歩く。揺れながら勝つ。


ミツがスマホを見て言う。


「……また来た」


ユメカネ。


画面に並ぶ短い文。


『いまどこ?』


『逃げてんの?』


『迎え行くって言ったよな』


迎え。


またその単語。


私は喉の奥が熱くなる。熱くなるとキレる。キレると私が悪者になる。悪者になると謝る導線ができる。導線は首輪。最悪。


私は言った。


「……返したい」


ミツが言う。


「返すな。返信は首輪」


レンが言う。


「返すなら一言だけ。会話にしない。主語を削る」


ハルが言った。


「狐さん。言うならこれだけ」


ハルが、いつもよりはっきり言う。


「“迎えに来るな”」


迎えに来るな。


そんなこと、言ったことない。


言ったら、向こうが怒る。豹変する。脅す。


昨日見た。あれをもう一回見るのは怖い。


でも、怖いから言わないままだと、向こうの言葉が未来になる。


未来を人質にされる。勝ちが餌になる。私はまた戻る。


私はスマホを受け取る。


指が震える。震える指は、ハンドルを握る手に似てて嫌だ。


でも今日は違う。震える指で、違うボタンを押す日。


私は短文を打つ。


『迎えに来るな。これ以上は残す。』


送信。


送信した瞬間、背中が冷える。冷えると熱が欲しくなる。


熱=音。音=ドア。ドア=島。


私はパチ屋のドアを見る。


ドアは開いてない。


開いてないのに、開く気がする。


幻聴が、今日も私の脳に悪さをする。


すぐに返事が来た。


『は?』


『誰に言わされてんだ』


『お前、調子乗ってる』


豹変。


もう優しい顔はない。


でも、昨日と違うのは、私はもう驚かない。驚かないことで勝つ。


次。


『じゃあ分かった』


『バイト先、また行くわ』


『今日は顔見せだけな』


顔見せだけ。


少しだけ。


人生で一番信用できない言葉。


胃が冷える。


冷えた胃は、私の足をパチ屋に向けようとする。逃げ場へ。安全地帯へ。狩場へ。


私は、足を止めたまま言う。


「……来るって言った」


言った瞬間、ミツが一歩前に出る。


レンがゲーム機をしまう。


ハルがスマホを覗く。


ハルが言った。


「これ、残す。追加」


レンが言う。


「回数が増えるほど強い。負けじゃない。積み上げ」


積み上げ。


積み上げるって、勝ちの作業だ。


パチ屋の箱は積み上げるほど沈むのに、こっちは積み上げるほど浮く。変な世界。


ミツが言う。


「コハク、今日はここから離れろ。駅前は導線だ」


導線。


そう。導線に負ける。私は場所じゃなく導線に負ける。


私は頷いた。


頷いた瞬間、尻尾が揺れた。


揺れる。揺れるけど、歩く。揺れながらでも、戻らない。


私たちは駅前を離れる。


背中で、パチ屋の看板が光ってる。


光は優しい顔で近づいてくる。


ユメカネも同じ。


優しいものほど、距離を詰めてくる。


でも私は、距離を取る。


距離を取るだけで勝ち扱いになる人生、ムカつくけど。


路地に入った瞬間、空気が変わる。


音が減る。光が減る。


減ると現実が増える。現実は苦い。苦いのに、今日は噛める。


ハルが言った。


「狐さん。今の返信、良かったっす」


「良くない。怖かった」


「怖かったのに送った。そこが勝ち」


勝ち。


また勝ち。


苦い勝ち。


でも今日は、その苦さが私の舌に残る。残るってことは、忘れない。


スマホがまた震える。


ミツが見て、鼻で笑った。


「最後の捨て台詞来たぞ」


画面。


『調子乗ってると、後で泣くぞ』


泣く。


泣くのは嫌。泣くと負ける気がする。


でも今日は、泣いてもいい気がした。泣かないけど。


私はスマホを見ないで言った。


「……泣かない。残す」


ミツが言う。


「そう。泣く前に残せ。涙は後でいい」


レンが言う。


「涙もログ。体のログ」


ハルが言った。


「帰りましょう。今日は“迎え”を断った日」


迎えを断った。


それだけで勝ち扱いになる人生、ムカつくけど。


私はピンク尻尾を握った。


最悪。


でも今日は、最悪のまま戻らなかった。


コトン、って聞こえた気がした。


……でも私は振り返らなかった。

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